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夕夏の身体から力が抜けていく。
やがて呼吸音も聞こえなくなった。
世界に亀裂が走る。
足下も灰色の空も、全てがひび割れていく。
割れた世界の先は、いつもの黒ではなく真っ白な世界だった。
「おめでとう、間宮朝春」
血塗れの夕夏を抱き締める俺の前に天使が姿を現す。
「キミが本当に妹を殺せるとは思わなかったよ。最後は逃げなかったね」
逃げるわけないだろう。
「安心しなよ。約束通り、間宮夕夏は生き返らせてあげる」
「『きっかけ』は、夕夏から消えるんだよな」
天使が頷く。
「ああ。最初のきっかけ、ニュースを見た記憶は消える。彼女は幸せを苦痛に感じることなく、君が知っている間宮夕夏として生きる」
「そうか…」
「でもわかっているだろう? こんなのは一時凌ぎに過ぎない。ニュースじゃなくたって、似たきっかけで彼女の心が壊れる可能性だってある」
「わかってるさ、そのくらい」
「それでも、生き返らせるかい?」
「ああ」
「彼女が死を望むとしても?」
「違う」
「夕夏は、生きたくないだけだ。死にたいわけじゃない」
『強制自白』で質問した時、夕夏は死にたいとは言わなかった。
生きたくない。
あくまでもそれが夕夏の本音なんだ。
「人は、自分の不幸なんざ望めやしないんだ。死にたくないなら、俺は夕夏に生きてほしい」
生きないことは、死ぬことと同義じゃない。
生きなくないから死ぬのは、逃避一つに過ぎないのだから。
「そっか。キミがいいなら、いいさ」
天使が微笑む。
「楽しませてくれて、ありがとう。」
いつもの、指を鳴らす音が聞こえた。
同時、世界が闇に包まれた。
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