331人が本棚に入れています
本棚に追加
/140ページ
「……ちゃん……」
声が聞こえる。
懐かしい声だ。
「…ちゃん……お兄ちゃんってば!」
肩を揺すられ、ようやく気がつく。
目を開けると、夕夏が心配そうに俺の顔を覗き込んでいる夕夏。
「夕夏……」
反射的に抱き締める。
強く強く抱き締める。
偽者でも幽霊でもない。
たしかに夕夏だった。
「わっ! なに! ど、どうしたの?」
驚きながらも抵抗はしなかった。
困惑というより、心配しているみたいだ。
溢れそうになる涙を堪え、身体を離し周りを見渡す。
場所は葬式の日に訪れた公園──天使と出会った公園だった。
辺りは暗く人の姿もない。
時間も同じくらいだろうか。
「今、何日だ?」
「十二月二十七日だけど……」
訝しみながら夕夏がスマホで確認をする。
葬式の日だ。
だが夕夏は生きてるし、俺も喪服じゃなく私服だった。コートだけは同じだ。
「どうしたの? 買い物の帰りに、懐かしいねって公園寄ったらいつの間にかベンチで寝ちゃうし……大丈夫? 疲れてる?」
「あ、いや……」
俺が座っていたベンチには買い物袋が置いてあった。
どうやらそういうことになっているらしい。
「なあ夕夏。俺に隠し事してないか? 変なメールがクラスに広まってたり、いじめられていたりとか……」
「メール? いじめ? 何言ってるの?」
夕夏が首を傾げる。
とぼけているわけではなさそうだ。
全部なかったことになっている。
ニュースを見た記憶もちゃんと消えてる。
「ほら、早く帰ろ。大掃除に年越しの準備に、やることはたくさんあるんだから」
ベンチの上の買い物袋を掴み、反対の手で俺の手を引く。
刹那、胸部に強い痛みを覚えた。
心臓を握り潰されたような感覚に、思わずよろめく。
「大丈夫?」
「あ、ああ……立ちくらみがちょっとな…」
ループの代償、寿命はしっかり奪われているらしい。
最後のスキル選択の時、天使はラストチャンスだと言っていた。
一回の失敗で奪われるのは寿命十年。
ということは、どれだけ長くても俺はあと十年は生きられない。
最初のコメントを投稿しよう!