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倉持さんのビックリの顔が、徐々にほころんでいく。なのに今度は俺の方が笑顔のまま顔を伏せてしまった。すごく嬉しいくせにね。あなたの笑顔、見ていたいくせにね。
倉持さんはもう片方の手袋も外してポケットにしまう。そして両手を大きく広げると、ガバッとのしかかるように俺を抱きしめた。背中がのけ反る。
「倉持さん、お、重い……」
「うんうん! 重いんだよ! 俺! いっぱい好きだから! 覚悟して!」
「いや、そーじゃなくって」
更にグイグイとのしかかる倉持さんに俺のふくらはぎがぷるぷると震え、限界の悲鳴をあげていた。思い切って片足をズズっと後ろへ引く。
倉持さんがその振動にむっくりと体を起こした。俺を見てニッコリする。
子供みたいで、すごくかわいい。
なんて思っていたら、頬っぺにチュッとキスされた。俺の体がぴょんと跳ねる。
「ね! 仲やん! ううん。律。一緒にクリスマスしよ!」
付き合うって決まった瞬間、下の名前で律って張り切って呼んじゃう倉持さん。「ぷふ」って思わず笑っちゃった俺に、倉持さんは不思議そうな顔をする。
「俺、こんな格好だよ?」
「いいじゃん! いいじゃん!」
いつもは責任感が強い先輩の倉持さん。なのに、俺がバイト抜け出してきてることなんて気にも留めていない。いや、むしろ喜んで、舞い上がってる感じ?
仕方ないなぁ。
プレゼントも服もカバンも、もちろん財布も携帯も。ぜーんぶ店に置いて来ちゃったけど。目の前のこの人には置いてきた荷物全部もってしても適わないよ。
「うん」って笑顔で頷くと、倉持さんはスクーターのスタンドを外した。
「よし! じゃケーキ買いに行こ!」
そう言えば、サンタ帽どうしたっけ? なんかとっくの昔にどっかにいっちゃってた気がする。まぁ、いいよね。きっとコンビニかその周辺にでも落ちてるだろうし。どーせ百均だろうし。
「行こう!」
スクーターを押して、住宅街から駅の方へ二人で歩いて向かう。
周りの景色がどんどん賑やかになってきた。クリスマスカラーのイルミネーションに彩られ、お決まりのクリスマスソングが流れる街中を二人並んで歩く。
すれ違うカップルのそりゃあ多いこと。その誰もがぴったりくっつき寄り添ってる。
「…………」
俺はかじかむ手をポケットに突っ込んでいつもの距離で歩いてるけど。
倉持さんが歩く速度を緩め、顔を上げるとスクーターを道の脇に停めた。
「ここでケーキ買って行こ」
目の前には小さなケーキ屋さん。装飾は派手じゃないけど、外壁に沿って植えられた低木や植物が、青や橙のライトでチカチカ光ってる。
「うん」
店内はあったかい色の照明で包まれ、ショーケースの中も色とりどりの綺麗にデコレーションされたケーキがいくつも並んでた。
「せっかくだしさ、一個ずつじゃなくってデカイのにして一緒に食べようよ」
「いいですね。じゃぁ、どれにする?」
倉持さんは腰を折ってショーケースのケーキを覗き見た。
ホールタイプには、丸型だけでなく、四角い形や、ブッシュドノエル、苺いっぱいのやつや、フルーツタルトなんかもある。
どれを選ぶんだろなんて思って倉持さんの横顔を見てると。倉持さんは顔を上げて、店員のお姉さんに「フルーツタルトください」と注文した。
イベントが大好きで、嬉しがりやな倉持さんのことだから、てっきりそれっぽいデコレーションケーキや、ブッシュドノエルにすると思ってたのに。一番そういうイメージからかけ離れたフルーツタルト。
もはやそれはタルトなんだよ。
「それにするの?」
「うん。だって律、生クリーム苦手なんでしょ?」
「え?」
「前に廃棄のケーキ食べよって誘ったとき話してたじゃん」
「あ~ぁ」
この前っていったい、いつのことよ。それ、俺がバイト初めて直ぐのエピソードだよ? もう一年も前になるよ?
そんなたった一回の会話覚えててくれたのか……。
店員さんがショーケースからフルーツタルトを出してくれた。
「プレートはお付けしますか?」
もちろんフルーツタルトにはクリスマスケーキや誕生日ケーキみたいにプレートがデフォで乗ってるわけじゃない。俺は倉持さんよりも先にプレートを注文した。
「付けてください! メッセージは『Happy Marry Anniversary』で」
俺のすごい勢いにキョトンとした顔でこちらを見る倉持さん。俺はすごくヘタっぴな笑顔を作って見せると、倉持さんはそんな俺に笑顔全開で返してくれた。
「こちらで大丈夫ですか?」
俺たちに向けられたフルーツタルト。いろとりどりのキラキラしたフルーツの上にチョコのプレート。そのプレートにはホワイトチョコレートで『Happy Marry Anniversary』のメッセージ。
うん。完璧。
俺は今度こそちゃんと笑顔で「はい」と返事ができた。
俺だってできんだよ? あなたみたいな幸せいっぱいの全開の笑顔。
十二月二十四日。
『おめでとう』俺。
『おめでとう』倉持さん。
今日は俺たちの始まりの日。楽しく、陽気で、とってもとっても素敵な記念日。
『Happy Marry Anniversary』
了
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