僕らのクリスマス

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 がむしゃらに腕を思いっきり振りまくった。  冷たい空気が顔面を刺して、口の中をからからに乾燥させる。そのまま冷気は器官に流れこんで、体の芯から凍てつきそうだ。なのに俺の心臓はバクバクバクバクバクバクバクバク脈打ち血が煮たってる。薄いバイト着だけだったけど寒さなんてちっとも感じなかった。  胸が苦しい! 内臓が飛び出しそうだ。筋肉の塊みたいな重い腕と足を夢中で動かす。日頃運動を怠けてた自分を全力で恨んだ。  向かい風を受けながら走って、走って走って走りながらギュッとつぶっていた目を開けたとき、細く暗い一本道の先で無駄に長い足を広げ信号待ちしてるスクーターが見えた。  倉持さんっ!  最後の力を振り絞って走る。なのに信号が変わっちゃう! 俺はポケットから携帯を取り出し、そのまま思いっきり振りかぶって倉持さんめがけ投げつけた。  俺の全力の遠投は見事倉持さんの背中へヒット。グハッて背中を反らせ半ヘル男が振り返った。  振り下ろした体勢のまま膝に手を突いた。息継ぎで大きく揺れる肩の反動を借りて、俺はありったけの大きな声を吐き出した。 「おれっ……まだ……渡して……な……ない!」 「え? 何?」 「っ、おかえし! ……ううん、プレゼント!」  カラカラの口の中で鉄の味が滲み広がる。  倉持さんはやっとスクーターから降りるとゆっくりUターンして、地面に落ちた俺の携帯を広い、息を切らしてヘロヘロの俺のところまで戻って来てくれた。 「うん。でも、いいんだ」  差し出される俺の携帯。 「全然よくないよっ! プレゼント選ぶの楽しかった、渡す楽しみを取り上げんな」 「持ってきてくれたの?」 「……お、置いて、きちゃったよ」 「…………」  俺を見る倉持さんの目がとても寂しそうにゆらゆらと揺れている。 「だから、……黙って、行くなや」  倉持さんは携帯を俺のバイト着のポケットへ落とすと、スクーターのスタンドを立たせた。右手のごっつい手袋をとって、俺の頬っぺたにぴとりと手のひらを当ててくる。  カンカンに火照った頬に当たる倉持さんの手の温度。それはちょっと冷たかった。でも表面の温度はだんだん、だんだんじんわりあったかくなっていく。そのじんわりが冷たい空気で固まった氷の塊を溶かしてく。  俺は揺らぐ視界にひるむことなく倉持さんの目をじっと見て訴えた。 「黙って、辞めんな」  ムッとしている俺に倉持さんは困ったように眉を下げる。 「……雪、強くなってきたね」  しんみりした声は、聴いてる方まで寂しくなる。急に倉持さんが笑みを浮かべた。 「倉持さん?」 「なんか、仲やん。ぷぷっ」  人が感極まらせてったってのに、困ってた表情(かお)だったのに、倉持さんは笑い出した。  わけが分からなくて、俺は若干気を荒立たせた。ついでに声も荒立ってしまう。 「なに?」 「真っ赤なお鼻の~だ。かわいい」  そう言って笑う倉持さんはいつもの倉持さんだった。俺の見たかった笑顔、俺が求めた笑顔。ずっと見ていたい笑顔。その笑顔に目を奪われてたら……笑い終えた、倉持さんの顔が傾いていく。そして、なぜか近づいてくる。  え、えっと……。  俺の体内でバーッて焦りが溢れ始める。  どうしよ、えっと、えっと……。  ゆっくりアップになってくる倉持さんの顔面に耐えられなくなって、俺はギュッと目をつぶった。  キュッと鼻を先を摘ままれる。  ん?  妙な感触と、呼吸のしづらさに目を開ける。視界に入ったのは、倉持さんの顔面。すごく近いしっ……そして、なぜか摘ままれてしまってる鼻。  ホントなんなのこれ……。  目の前の倉持さんは笑ってなかった。寂しそうでもない。真っ直ぐに俺を見てくる。そして俺は倉持さんが結構イケメンなことに気が付いた。 ……さ、さっき……か、かわいいって……。って、俺何言ってんの? かわいいとかおかしいっていうか、べ、別に嬉しくないしっ! そもそも、倉持さんがイケメンとか全然関係ないしっ!  でも、目の前の倉持さんをどうしてかもう見ることができなくなってた。  めっちゃ近いし、めっちゃ見られてるし、どうしたらいいかわかんなくって、俺はただ視線をキョロキョロキョロキョロ倉持さんから逃げるように彷徨わせた。動くこともできず、じーーーっと背を丸め、首を竦めるだけ。  ソワソワソワソワする気持ちにかられながらも、どっかで冷静な俺が思う。  この人、一体いつまでこうしてるつもりなんだ? もう、ずいぶん長い時間経ってる気がするけど……。  ソワソワは違う要素も混ざってきて。俺は状況を脱しようと、鼻を優しく摘ままれたまま倉持さんに尋ねた。 「……なんで、やめんの?」  ポツリと質問したら、鼻先の圧が抜けた。ゆっくりと倉持さんが離れていく。姿勢を戻した倉持さんは静かに「はぁ」と息を吐く。そして寂しそうに微笑んで首を傾げた。 「仲やんを好きになっちゃったから」 「へ?」  静かに告げられた思いがけない回答。俺は自分の耳を疑った。 「好きに、なっちゃったからだよ」  更に、不可思議なワードを優しい声のトーンが繰り返す。俺は目をパチクリさせた。ひとまず、そのワードは横に置いておくことにする。 「で、でも、それで、……なんで?」  好きになってくれてるなら、なおのこと辞めるなんておかしいじゃないか。矛盾してる。 「困るでしょ。男なんかに好きになられても。でも、俺きっとこのままいたら我慢できなくなって仲やんに言っちゃうって思ったんだ。困らせるって分かっていても、断られるって分かっていても。黙ってられないって」  倉持さんは静かに話しながら視線を落とし俯いていく……。  これじゃぁ、降りた前髪が邪魔して見えないよ。  俺のお気に入りの笑顔。 「倉持さん……」 「……うん……」  さっきはあんなよくわかんないことしたのに、倉持さんはすっかり元気がなくって、しょんぼり俯いたまま。俺は体の中で大きく深呼吸をして、倉持さんの顔を両手で挟んでグッと上向かせた。 「困らない。断らない」 「えっ?」  倉持さんはキョトンとした表情をした。まさに鳩が豆鉄砲食らった顔だ。そんな倉持さんに俺は笑顔でもう一言オマケした。 「メリークリスマス」  今言うよ。  ここにはプレゼントを持ってきていないけど、今。  だって、俺たちはちゃんとプレゼント交換したもんね。これは、ただのプレゼントじゃない。  雪の降る日。お互いに交わし合った、聖なる夜の特別で最高のプレゼントだから。  物品はまた後程あげます。記念品としてね。
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