高い梢のてっぺんに

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 俺はと言えば。  格好をつけるまでのこともない。勤め先では、性格もあるのか長く続く事はまれだった。  たまに相性の良さそうな場所に落ちつけても、会社自体が潰れてしまったというのもあった。  広告代理店で営業をやっていた頃のこと。  俺はかなりえげつない売り込みに走り回っていた。所内を沸せるような月刊目標を立て、それに向けてガツガツと数字を上げた。慣れてくればコツも飲みこめて、やがて、所内でもトップクラスの成績を上げるようになった。  その内にボロが出た。とってきた広告の出来に顧客からクレームが出始めたのだ。しかし、料金の割に効果がない、などというクレーム対処もサービス担当に任せっきりにして自分は更に新規を狙いに出かけたりもした。  制作側からも色々叩かれた。要求が厳しすぎる、納期が間に合わない、しょっちゅうそんな文句を言われ、そのたびに俺は逆ギレしたりトボケたりを繰り返していた。  釣り上げた魚には二度とエサをやらない営業マン、と呼ばれていたのも重々承知だった。  ついに所長に呼ばれた時に俺は逆にこう啖呵をきった。 「営業が数字を上げなくてどうするんですか? 新規回りの何がいけないんですか? 会社の利益のために働くのが俺らでしょう」  その時、所長がデスクから立ち上がった。俺より頭一つ背が低かった男が、急に見おろして来たような迫力だった。 「あのな、シンザキ」  声は大きくなかったが、所内全体に響き渡る。 「お前は、一体誰のために、そして何のために働いているんだ」  言葉を失った、一瞬。  俺の目の前には高いこずえのてっぺんに丸くなるように止まる影が浮かんで、すぐに消えた。  どう弁解したのか、それとももっと反抗したのかは残念ながら覚えていない。  間もなく、そこも辞めてしまったがその理由も自分でははっきり判っていなかった。  そこからは坂を転げ落ちるような数年間だった。  出来そうな仕事は、何でも手を出してみた。  私生活も荒れた。学生時代、会社員時代と、つき合っていた女性は何人もいたがその頃にはもう誰も俺には近づいて来なくなった。  男ですら。更に言うなら訪問販売のあくどい笑顔を張り付けた奴でさえ、玄関で昼間から焼酎の瓶を下げている俺の顔を見た途端、「すみませんでした」と頭を下げて引き返して行った。  父はそんな俺を見ても何も言わず、黙々と家の周りで草を取ったり、小さな耕作をして働いていた。  既に塗装業からは足を洗っていたが、近所や昔の連れに頼まれるとそそくさと準備をしては出かけていった。ある時には軽い外壁塗装だったり、石垣の修理だったり、だいたい一日か二日で終わるような半端仕事が主だったが。
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