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十歳のときに母親が死んだ。父親の顔は知らないし、虐待を受けていたからどこかホッとした気持ちもあった。やっとまともに学校に通えると思ったのに、挙動がおかしいとかで「相談室」に放り込まれる日々となった。
施設での長時間に及ぶ質問攻めに頭がおかしくなりそうになり、逃げ出した。財布を盗み、幼い頃に何度か訪れたことのある避暑地に向かった。「父親」とかいう人がそこにいたらしいが会ったことはない。
別荘が立ち並ぶその一軒に天体望遠鏡があった。興味を引かれた私はこっそりとのぞいてみた。
そこには見たこともない宝石箱のような星々が輝いていた。丸くくっきりと写る天体、色とりどりに瞬く星たち、輝き流れていく彗星。逃げ出してきたことも忘れて夢中でのぞいた。
「星が好きなのかい?」
品のいいカーディガンを羽織った男性が立っていた。ぼろくずみたいな格好をした私とは住む世界が違う人だと一目でわかった。あわてて逃げようとしたら「君、暁子さんかな?」と言った。
目を丸くしている私に近づいてその人は言った。
「やっぱり。お兄さんによく似てるね。僕は君のお父さんの奥さんの弟、佐多嵩基といいます」
「お母さんの……弟?」
「ううん違うよ。血のつながりはないけれど君のおじさん。よろしくね」
柔和な笑顔でそう言ったので、私の涙腺は決壊してしまった。生まれてこの方こんな優しい笑顔を向けられたらのは初めてだった。
気づいたら優しいおじさんは私の「おじさん」になっていた。父の正妻の弟がなぜ父の隠し子を拾ったのか、はっきりとした理由は今でもわからない。
けれどおじさんも似た境遇であったこと、私を拾ったのは同情だったことを知らない人ばかりの葬儀で何となく理解した。
ひどい相続争いの末、あの別荘地と二台の天体望遠鏡を譲り受けた。数年が経って親族が私の存在を忘れた頃に弁護士がやってきて、遺言書通りの相続をする運びとなった。
遺産は全て恒星サタの観測に注ぐと決めてもう十八年になる。
「この子……アキコと同じ目してるね」
「え……?」
「日本では『ヨイノミョウジョウ』といったかな。金星の輝きにそっくりだよ」
「そう……かな」
そういえばコウキにも同じようなことを言われた--アキコさんの目は宵の明星みたいだね。
子供がくさいセリフ吐くんじゃないよと返したら「ほんとですよ」と言った。いい加減に生きている自分と違ってコウキはいつだって真剣だった。
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