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ありがとう。
そう言って彼は去った。
耳に流れ込んできた静かな調べ。曇りガラスから差し込む柔らかな日差し。店内に漂う、温かなコーヒーの香り。
唇を噛み締め、拳を握りしめる。
ごめんなさい。
脳裏によぎるのは、去り際の満足そうな笑顔。
ごめんなさい。
いくら待っても、ドアベルは響かない。こわばった身体を、空調の温風が優しく包み込む。見つめる先。テーブルの上にはコーヒーカップが一組きり。中身はとうに冷えている。
私はただ、話を聞くことしかできなかった。希望に満ちた、未来の話を。
事実を、伝えることはできなかった。
あなたはもう、生きていないのだと。
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