0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
ネイビーブルー
すっとんきょう、な夜だった。
すっとんきょう、という意味を正確には把握していないけどたしかにその夜はすっとんきょう、だった。
むしろすっとんきょう、は夜にしか当てはまらないというのが世の常識である。朝や昼にすっとんきょう、という言葉を用いるのはペテン師か汚職議員くらいなものだし。
私はその日、会社の業務を終えると辛抱たまらんと制服を脱ぎダイバースーツに着替えて「おさきっ!」と有楽町のガード下に赴いた。
数ある居酒屋の中から「熱帯魚料理専門店」に入店すると頃合いの水槽に飛び入り水中から店内を眺めた。
ぶくぶくと泡をたてながら私は手をひれに見立てて揺らしたり、口をぱくぱくさせながらお客ひとりひとりに愛想を振る舞い時間を過ごしていた。
しばらくすると女性が来店してきた。髪型はソバージュでショッキングピンクの口紅をつけた赤いブラウスの、いかにもな女だった。
女は水槽に口紅で さようなら
と一言記すと振り向き駆け足で店を出て行った。
彼女の目尻から涙が伝うのを私は見逃さなかった。
最初のコメントを投稿しよう!