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 仕事で訪れたロンドンでの日程を終え、通訳を務めてくれた現地の学生の案内で、とある美術館を訪れた。  その美術館で、一際目を引く絵画に出会った。  湖畔で微睡む青年の姿を描いたもので、睡蓮の花に囲まれ、ほとんど裸の状態で仰向けに横たわっている。  青年、とは言っても、まだ少年の面影を残しているように、頬や、すこし開いたくちびるは、艶めかしく朱かった。  食い入るように見つめている俺に、「ラファエル前派の画家ですね。こういうのがお好きですか?」と学生から訊ねられ、「ああ、きれいだと思って」と曖昧に笑って、その場を離れた。  美術館を後にしても、青年の姿は残像のように頭に張りついていた。結局日程を一日延ばして、翌日もその絵画を心ゆくまで鑑賞してから帰国の途についた。  そんな話を、大学時代からの友人である城に話すと、「何だよ、やっぱりお前もそうなんじゃないか」と鼻で笑われて、俺は「違う」と食ってかかる。 「お前と一緒にするな」 「でなきゃ年齢と彼女いない歴が一緒なんて、あり得ないだろ」  にやけた顔で笑う城は、男子学生が大半を占める工学系の大学であって、学内外の女子の人気をかっ攫っていた男だった。  工学男子にありがちな、野暮ったさや垢抜けない印象はまるでなく、いつもお洒落で颯爽としていて、その上弁も立つし、成績も常に上位だった。  そんな城のことだから、間違いなく一流企業に就職するなり研究者の道を進むだろうと誰もが信じていたにも関わらず、城はまったく別の道を選んだ。  城の仕事、それは、世界でただ一つの、オーダーメイドのラブドールを制作することだ。  初めてそれを聞いた時、地球がひっくり返るくらい驚いた俺は、目を白黒させながら、「えっと、なんかそっち方面で困ってる?」と間抜けた質問で返した。  そんな俺の様子に苦笑いしながら、 「自分だけを求めてくれる究極の存在が欲しい、という誰しも一度は願う望みを、叶えたいから」  確かそう、城は答えたと思う。 「……城は、そんな存在が欲しいと思っているのか? たとえ生身の人間じゃなくても?」 「それはもちろん、そういう人と出会って、ずっと寄り添って生きていけたらいいと思う。……でも、それはきっと叶わないから」  独り言のようにそうつぶやいた城は、いつもの強気な面影が消えて、どこか淋しそうな眼差しで俺を見返した。  城の恋愛対象が同性だと知ったのは、それから間もなくのことだった。
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