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「作ってやろうか、その絵の男」  城の申し出に、俺は結構だ、と即答した。 「だから、全然そういう趣味はないし、だいたいお前の馬鹿高い人形なんて、薄給の俺が買える訳ないだろ」  城の人形は、そのオリジナリティと精巧さから、どんなに安くても一体二百万円は下らないと言う。金持ちの道楽や酔狂としか思えないそれを、所有したいなど、今まで一度たりとも考えたことすらなかった。  城は笑いながら、そうムキになるなよ、と俺をなだめる。 「ちょうど今、新しい人形を開発中なんだ。試作品のモニターだと思って使ってもらえれば助かるんだけど」 「いや、無理だって」  いくら今まで彼女がいなかろうが、童貞だろうが、人形のお世話になるなど論外だ。  これまで恋愛のチャンスがなかった訳ではないが、そもそも彼女の必要性を感じず、自分の研究に没頭する日々を送っていたらたまたまこうなっただけであって、自分を慰めるだけなら、右手があれば十分だ。 「最初はみんなそう言うんだよな」  内緒話をするように、耳許にくちびるを寄せられる。 「それでも、一度試したらもう、誰もがあいつらの虜になる」  お前も違いないさ、というように、城は不敵な笑みを浮かべた。  それでも断固として断る俺に、 「だから、モニターだってば。嫌なら返してくれればいい」  そう言い残して、城は颯爽と研究室を後にした。  いつもそうだ。俺の研究室にふらりと現れては、好き放題話して、去って行く。  自分の部屋に遊びに来ないかと誘っても、城の家に行きたいと言っても、断られる。 「せめて夜くらい、自分の時間を大事にしたい」  とかなんとか言いながら、夜な夜な男と遊んでいる。そのほとんどが、一夜限りの関係と聞くから、どれだけ節操がないんだよ、と呆れながらも、いつか刺し殺されでもしないだろうかと、心のどこかで案じているのだった。  そもそも、城がゲイだと知ったのも、そういうことがあったからだ。  その夜、めずらしく俺の誘いに応じた城と居酒屋で飲んだ後、狭い路地を歩いている時のことだった。  突然、若い男が襲いかかってきた。  咄嗟のことに、何が起こったのか、理解できなかった。  気がつくと、倒れ込んだ俺を庇うように、城が覆い被さっている。 「あんたの本気って、そいつ?」  殴り掛かってきたくせに、ひやりと冷たい声で、男はそう言った。  ひとめ見て、きれいな男だと思った。きれいなのに、低い声で、何も答えない城の腹に蹴りを入れている。 「なんで無視すんだよ。なぜ俺から逃げる?」 「そういうしつこいところが鬱陶しいから」 「あんた、……最低だ」  吐き捨てるようにそう言って、城の身体にふたたび強い一蹴を入れた後、その男は去って行った。  痛って、と腹をさすりながら立ち上がり、俺の手を引いて起き上がらせる城を見つめる。 「……いまの、」 「前に遊んだことのある男。……ってかセフレ?」 「セフレって、お前、」 「俺、男にしか興味ないんだ。気持ち悪いって思うなら、もう会わない」 「誰もそんなこと言ってないだろ」 「セックスできれば相手なんて誰でもいいし、付き合うとか面倒なだけだし。……本気で好きなやつができたって言ったら、諦めてくれると思ったんだけどな」 「やめろよ、そういうの。……お前、いつか殺されるぞ」 「案外そうかもな」  そうつぶやいて、まるで自分を嘲笑うように、ふっと笑ったあの淋しそうな横顔は、今でもなぜか鮮明に脳裏に焼き付いている。
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