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珠子と宮古を乗せた救急車が発進していく。重度の低体温症につき、いち早く病院に運ぶ必要があり、これからドクターヘリとアクセスするのだ。
救急車を見送り、恩田はやっと大きなため息をついた。安堵とともに、撃ち抜かれた右足の痛みが蘇ってくる。
《後悔してるのか?》
昭三が尋ねる。恩田は穏やかに微笑み、「ええ、まあ」と応えた。
「俺が十二年前、もっと正しく行動していれば、こんな事件は起こりませんでしたから」
《今からでも遅くない。戸沢、岩田――たくさんの人間が、この事件に巻き込まれ、殺され、傷ついた。罪滅ぼしができるのは、お前だけだ》
「でも、野村を逃がしてしまいましたから――」
恩田は悔しそうに頭をかく。
珠子と宮古が井戸に身を投げたあと、恩田は野村たちに連れられ、石段の下に待つ車に乗せられそうになった。
だが、そうはならなかった。
石段の下には、村の住民が集まっていたのだ。村人たちを率いているのは荒川巡査長だった。
さすがに敵も、無関係な村人を皆殺しにするほど冷酷ではなかったし、そもそも秘密裏に動いている連中だ。もうすでに、廃校では珠子たちのせいで派手に立ち回っている。これ以上、目立つ動きは、自分たちの首を絞めることになりかねないと判断したのか、恩田を速やかに解放するや否や、四方八方バラバラに散って行った。もしものときは散り散りになり、集合ポイントで体勢を立て直すという作戦行動も、元公安部員ならではと言ったところだった。
恩田は村人たちに事情を説明し、風雪が弱まったタイミングで、珠子たちの救出に向かったのだった。
野村は逃がしてしまったけれど、しかし、珠子と宮古が無事でよかった。
もう、自分のせいで刑事が生命を落とすことは耐えられない。
《逃がしたなら》昭三が触れられない手を、恩田の肩に伸ばす。
《また捕まえればいい。それが刑事の使命だ》
「でも俺は、もう刑事じゃありませんから」
恩田がそう応えた、そのときだった。
「伝説の霊感刑事ってのは、随分と気弱な奴だったんだな」
ガラガラ声の悪態が、背後から投げつけられてきた。振り返ったそこには、男が二人。
一人は後ろ手に手錠をかけられた野村だ。
もう一人は、血の滲む脇腹を押さえ、反対の手で野村の首根っこを掴んでいる、倉持清人だった。
「あの水嶋珠子は、あんたに憧れてたってのによ」
倉持は野村を雪の上に突き飛ばし、うつぶせに倒れた野村の背中にどっかりと腰を下ろした。
「こいつ、どこで――」
「廃校から林の中に逃げ込んだら、そこにスノーモービルが隠してあるのを見つけたもんで。これは連中が、この村からの脱出用に隠してあるんだってピンと来たんで、待ち伏せしてたらこいつが現れたってわけ」
血の気の引いた表情。救急車がもう一台、必要だ。よく見ると、野村の顔も衣服もボロボロだ。「やり過ぎだなんて言わんでくれよ?」と倉持がニヤリと笑う。
やっぱり、救急車は二台必要のようだ。
ドクターヘリの爆音が、頭上を通り過ぎていく。
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