Chapter.8-5

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 珠子と宮古を乗せた救急車が発進していく。重度の低体温症につき、いち早く病院に運ぶ必要があり、これからドクターヘリとアクセスするのだ。  救急車を見送り、恩田はやっと大きなため息をついた。安堵とともに、撃ち抜かれた右足の痛みが蘇ってくる。 《後悔してるのか?》  昭三が尋ねる。恩田は穏やかに微笑み、「ええ、まあ」と応えた。 「俺が十二年前、もっと正しく行動していれば、こんな事件は起こりませんでしたから」 《今からでも遅くない。戸沢、岩田――たくさんの人間が、この事件に巻き込まれ、殺され、傷ついた。罪滅ぼしができるのは、お前だけだ》 「でも、野村を逃がしてしまいましたから――」  恩田は悔しそうに頭をかく。  珠子と宮古が井戸に身を投げたあと、恩田は野村たちに連れられ、石段の下に待つ車に乗せられそうになった。  だが、そうはならなかった。  石段の下には、村の住民が集まっていたのだ。村人たちを率いているのは荒川巡査長だった。  さすがに敵も、無関係な村人を皆殺しにするほど冷酷ではなかったし、そもそも秘密裏に動いている連中だ。もうすでに、廃校では珠子たちのせいで派手に立ち回っている。これ以上、目立つ動きは、自分たちの首を絞めることになりかねないと判断したのか、恩田を速やかに解放するや否や、四方八方バラバラに散って行った。もしものときは散り散りになり、集合ポイントで体勢を立て直すという作戦行動も、元公安部員ならではと言ったところだった。  恩田は村人たちに事情を説明し、風雪が弱まったタイミングで、珠子たちの救出に向かったのだった。  野村は逃がしてしまったけれど、しかし、珠子と宮古が無事でよかった。  もう、自分のせいで刑事が生命を落とすことは耐えられない。 《逃がしたなら》昭三が触れられない手を、恩田の肩に伸ばす。 《また捕まえればいい。それが刑事の使命だ》 「でも俺は、もう刑事じゃありませんから」  恩田がそう応えた、そのときだった。 「伝説の霊感刑事ってのは、随分と気弱な奴だったんだな」  ガラガラ声の悪態が、背後から投げつけられてきた。振り返ったそこには、男が二人。  一人は後ろ手に手錠をかけられた野村だ。  もう一人は、血の滲む脇腹を押さえ、反対の手で野村の首根っこを掴んでいる、倉持清人だった。 「あの水嶋珠子は、あんたに憧れてたってのによ」  倉持は野村を雪の上に突き飛ばし、うつぶせに倒れた野村の背中にどっかりと腰を下ろした。 「こいつ、どこで――」 「廃校から林の中に逃げ込んだら、そこにスノーモービルが隠してあるのを見つけたもんで。これは連中が、この村からの脱出用に隠してあるんだってピンと来たんで、待ち伏せしてたらこいつが現れたってわけ」  血の気の引いた表情。救急車がもう一台、必要だ。よく見ると、野村の顔も衣服もボロボロだ。「やり過ぎだなんて言わんでくれよ?」と倉持がニヤリと笑う。  やっぱり、救急車は二台必要のようだ。  ドクターヘリの爆音が、頭上を通り過ぎていく。
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