プレゼント

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「お疲れ様です」 「お疲れ様」 「あれ、今日は早いんですね?」 「ん? ああ。実はな、今日は娘の誕生日なんだ」  そんなことを言うと、部下は朗らかに笑った。別れをそこそこに済ませ、私は会社を出た。  広がる銀世界。ゆっくりとゆっくりと降り注ぐ粉雪が、私の身体をさらに縮こまらせてくれる。  今日は娘の誕生日だ、と思い立ちショッピングモールへ立ち寄ってみた。しかし、立ち寄ったはいいが、どんなものをプレゼントすればいいかわからない。思わず頭を抱え、いろいろと見て回る。だがどれもしっくりと来なかった。 「参ったなぁ……」  ついつい降参してしまう。  ここのところ仕事詰めで、娘と遊んでいなかった。今は何が好きで、どんな遊びをしていて、どういう友達がいるのかさえわからない。  妻からはもっと休みを取って、と催促されたこともあったな。娘が寂しかっていると注意もされた。まあ、ここのところ仕事優先にしていたからな。言われても仕方ない。  ただ担当しているプロジェクトは終わりを迎え始めている。この調子なら、おそらくもう私がいなくてもしっかりと達成するはずだ。  さて、少し横道に思考が逸れてしまったな。せっかくショッピングモールに来たんだし、このまま何も買わずに帰るのもなんだ。思い出に残る誕生日プレゼントを買っていくぞ。 「おっ……?」  そう考えてキャンペーン商品を眺めていると、あるものが目に入ってきた。それは女の子達には大人気であるアニメシリーズのグッズだ。  これは確か、主人公の少女が持つ武器〈スターライトステッキ〉という名前だったはずだ。日曜日の朝にたまたま娘が、『頑張れぇ~』と応援していた姿を見かけたことがある。その時に主人公が必殺技を叫び、スターライトステッキで見事に敵を撃破していたな。  応援していた娘は『やったぁー!』と自分のことのように喜んでいた。あのはしゃぎっぷりは思い出すだけで微笑ましい。 「よし!」  もしかすると喜んでくれるかもしれない。そんな期待を抱きつつ、私はスターライトステッキを手に取った。そのままレジへ持っていき、店員さんに渡した。 「六千九百八十円です」  告げられた値段を聞いて私は思わず目を大きくした。値段を見ていなかった私が悪かったとはいえ、思っていた以上に値が張る。思わず視線を箱へと向けた。するといろいろな機能がついているらしく、だからこそこれほどのお値段なのかと理解ができた。  最近のオモチャはすごいもんだ。こりゃあ今月はいろいろと我慢しなくちゃな。  訝しげに見つめている店員さんに、私は愛想笑いを浮かべた。何事もなかったかのように財布の中から七千円を取り出し、手渡すと見事な営業スマイルで「お買い上げありがとうございます!」と笑い返してくれた。  お釣りをしっかりともらい、ついでにプレゼント用に包装してもらい、私はショッピングモールを後にしようとした。  ふと並んでいる店の装飾を見て、もうすぐクリスマスだということを思い出す。だから商品もクリスマス一色であり、ケーキも押し出されているのかと妙な納得をした。  たまにサンタクロースの姿をしたアパレル店員さんがいたり、クリスマスツリーがあったり、チラシに赤いリボンが添えられていたりと、どこも皆このクリスマス商戦に命を懸けている様子だ。  商魂たくましいものだな。まるで仕事をしていた私のようだ。そのせいで家族サービスがあまりできなかったが。  長かったような、あっという間だったような。その感覚がおかしくなるくらい仕事漬けでもあった。もしかすると、娘だけでなく妻にも寂しい思いをさせてしまったかもしれない。しかし、もうすぐ一年が終わるのか。 「そうだなぁ?」  せっかく早く帰れるんだから、ケーキを買っていこう。そういえば妻がよく立ち寄るケーキ屋さんがあった。一度、一緒に買いに行ったことがあるけど、とても楽しそうにしていた。いつも訪れるケーキ屋さんだから、それだけお気に入りなのかもしれない。  ならそこでケーキを買うのもいいな。喜ぶだろうし、楽しい夜にもなるぞ。  よし、善は急げだ。 「ふふっ――」  しっかりと目的が定まった。なら急ぎすぎることはない。私は自動ドアをくぐり、外へと出た。胸を膨らませながらタクシー乗り場へ向かう。どこか久しぶりに感じられる熱を抱きながら、雪が舞う中を歩いた。  懐事情なんて知ったもんじゃない。そもそも、お金ってこういう時に使うものだ。  ウキウキと、喜んでくれるだろう二人の顔を思い浮かべてしまう。私はついつい寒さを忘れて笑っていた。  もうすぐタクシー乗り場。そこには一台のタクシーが止まっている。見つけると共に、足がさらに早まった。  その瞬間、轟音と衝撃が走った。  気がつけば黒ずんでいる空があった。そのまま体験したことがない浮遊感に襲われ、一秒も絶たないうちに強烈な衝撃が後ろから突き抜けていった。  生暖かな感触が広がる。一体何があったのかわからず、起き上がろうとした。だがおかしなことに、身体はピクリとも動かない。 「大丈夫か!?」  誰かが顔を覗き込んできた。見た限り初老の男性である。私は何か言おうとしたが、上手く声が出なかった。何かが喉に詰まっているかのような感覚があるからだろうか。妙な息苦しさもあった。 「くそ、早くしろ! 死んじまう!」  喧騒な音が響く。周りが慌ただしくしているためか、おかげで冷静に状況を理解することができた。  どうやら私は、轢かれたようだ。どんな怪我をしたかハッキリとはわからないが、おそらく助からない。誰もが死ぬとわかるような大怪我をして、大騒ぎになっているんだ。 「しっかりしろ。しっかりしてくれ!」  とても不安げな顔をして、初老の男性は見つめていた。どうしてここまで心配してくれるのだろうか、と考えてみる。しかし、だんだんと眠くなってきた。  たぶん、これが〈死ぬ〉って感覚なんだろうな。  このまま死んだら、娘も妻も悲しむのかな。せっかく早く帰れたのに、残念だ。 「死ぬな、死んじゃダメだ!」  そんなこと言われても、難しい……。もう眠くて、眠くて、仕方ない……。  でも……、このまま、死ぬのは、いけない……。せっかく……プレゼントを、買ったんだ……。  そうだ……! これを、届けて、もらおう……。 「おい、アンタ――」 「――ッ、――」 「これ、は?」 「むす、め……」 「むすめ? 娘って――」  誕生日プレゼント、なんだ……。最愛の娘に……送る、最後のプレゼント……なんだ……。  寂しい、想いを……させちゃったけど、だからこそ……、届けたいんだ……!  頼むよ……。アンタしか、いないんだ……。頼めるのは……。アンタしか……いないんだ……!  ああ……、そうだ……。これも、伝えて……、もらおう……。娘に贈る……、最後の……、言葉だ……。 「誕生日……、おめ、で――、と……」  届くかな……。届いてほしいな……。  私の……最後の……、プレゼントが――想いが――
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