プロローグ A & R

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ーーー碧海が A & R になって、三年後。 「水瀬、またやらかしたのかよ」  嫌味を含んだ声が降ってくる。同僚の嵐城 雷牙(あらしろ らいが)だ。元ホストの経歴を持ち、女性の扱いが抜群にうまい。女性アーティストが多いこのレーベルで、売り上げ一位を誇る A & R だ。  バシン、と音をたてて、芸能新聞を碧海のデスクに叩きつける。びくっと肩をすくめた碧海に、にやにやしながら声をかける。 「『シンガーソングライター春乃らら、たった一年で芸能界引退を表明』…。きちんとサポートしてやれない A & R に担当されると、こんなことになっちまうんだよなあ。かわいそうに」  言葉とは裏腹に、嵐城は非常に嬉しそうだ。いつも碧海に難癖つけてくる厄介なやつだが、今日は碧海自身もショックを受けていて、まともに相手をする余裕はない。  春乃ららは、引退理由を誰にも告げずに辞めてしまった。担当だった碧海にさえ、理由は語られなかった。  …ららちゃん、どうして引退なんて選んでしまったんだ。僕がふがいなかったからなのか。疑問と後悔が、碧海の頭の中をぐるぐると回っている。  ほかの同僚たちが見て見ぬふりを貫く中、嵐城だけが大声で、碧海を揶揄(やゆ)し続ける。 「そういや、おまえが最初に担当したガールズバンド『SweeTZ』だって、たった三ヶ月で電撃解散しちまったなあ。あのバンド、絶対売れるって注目されてたじゃん。会社に与えた損害は計り知れないよなあ! アーティストを二組も潰してしまうなんて、水瀬おまえ、来年このレーベルにいないかもしんねえぞ、ははっ」  嵐城の嘲笑する声をさえぎるように、電話が鳴った。事務担当の女性が受話器を手にして、無表情で碧海に告げた。 「水瀬さん、社長がお呼びです」  ついに来た。減給か、左遷か、それともクビか。 A & R にとって、将来有望なアーティストを引退させてしまった罪は大きい。責任を取る覚悟を決めて、碧海は重い足を引きずり、社長室へと向かった。
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