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「あの……」
遠慮がちにかけられた声に振り向くと、さくらさんがひきつった顔で床の上に座っていた。
僕が彼女の前に跪くと、彼女も僕を見つめ返してくる。
「怪我がなくて良かった」
「和希さん」
そこでようやく、さくらさんはホッとしたようだ。
なかなかいい雰囲気じゃないかと思ったのも束の間、僕たちの間に割り込んで来たもふもふがひとつ。
ふんわりとした柔らかな毛並みに鼻をくすぐられる。
「うぇ? ちょ、くしゃみ出そう。壱様、どうしたの」
「俺のさくらに手を出すなって仰ってるわ」
ニーナが茶化すように言った。
「どゆこと。というか、壱様はなんで人の言葉、話さないの?」
話せるんだよね?
「カズキにはまだ言葉を聞かせられないんだって。もっとマシな稲荷寿司作れるようになったら、話してやってもいいって仰ってるわ」
「僕、そんなに嫌われてるの?」
「というよりも――」
「ん?」
「さくらは、おばあさんによく似ているのよ。カズキは魂の色がおばあさんに似ているけれど、さくらは身にまとっている雰囲気と言うのかしら。そういうのがおばあさんに似ている。だからかしら。壱様がさくらに執着なさるのは」
「だからって……」
「魂がどうとか私にはよくわかりませんけど、私は私で、和希さんは和希さんですよ」
さくらさんが何てことのないようにそう言った。
確かにそうだ。
僕は、さくらさんだから恋をしたんだよ。
けれど壱様はそうは思ってくれないのか、僕たちの間にぐいぐい割り込んでくる。
「ちょっと壱様、いい加減にして」
「結界がなくても、さくらに姿を見てもらえてるから嬉しくなっちゃったんですよね」
ニーナはそう言って笑うだけで助けてくれる気配はない。
「だからって――。ああ、そうか。僕がピアスを着けていることを怒っていたのも、本当はさくらさんに着けてほしかったからなんだね」
何気ない僕の言葉に、壱様がピクリと耳を動かした。
どうやら図星らしい。
ちょっと待って。
僕たち、奇妙な三角関係になってしまったとか、そういうことはないよね。
さくらさんは「可愛い」と壱様を撫でている。
さっきまで僕を襲っていた九尾の狐なんだけど。
とは思うけど、小さい壱様が可愛らしいのは本当だから、僕も頷くしかない。
壱様は撫でられながら、さくらさんの膝の上でうとうとし始めた。
ニーナは「おなかいっぱいになって眠くなったのかしら」と言いながら、うっとりしている壱様の鼻先をツンツンつついている。
松明の灯りが差し込む本殿で。
あやかしと人が戯れる。
僕はそんな不思議な光景を眺めながら、これからのことを考えていた。
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