二.狐様と僕

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「あの……」  遠慮がちにかけられた声に振り向くと、さくらさんがひきつった顔で床の上に座っていた。  僕が彼女の前に(ひざまず)くと、彼女も僕を見つめ返してくる。 「怪我がなくて良かった」 「和希さん」  そこでようやく、さくらさんはホッとしたようだ。  なかなかいい雰囲気じゃないかと思ったのも束の間、僕たちの間に割り込んで来たもふもふがひとつ。  ふんわりとした柔らかな毛並みに鼻をくすぐられる。 「うぇ? ちょ、くしゃみ出そう。壱様、どうしたの」 「俺のさくらに手を出すなって仰ってるわ」  ニーナが茶化すように言った。 「どゆこと。というか、壱様はなんで人の言葉、話さないの?」  話せるんだよね? 「カズキにはまだ言葉を聞かせられないんだって。もっとマシな稲荷寿司作れるようになったら、話してやってもいいって仰ってるわ」 「僕、そんなに嫌われてるの?」 「というよりも――」 「ん?」 「さくらは、おばあさんによく似ているのよ。カズキは魂の色がおばあさんに似ているけれど、さくらは身にまとっている雰囲気と言うのかしら。そういうのがおばあさんに似ている。だからかしら。壱様がさくらに執着なさるのは」 「だからって……」 「魂がどうとか私にはよくわかりませんけど、私は私で、和希さんは和希さんですよ」  さくらさんが何てことのないようにそう言った。  確かにそうだ。  僕は、さくらさんだから恋をしたんだよ。  けれど壱様はそうは思ってくれないのか、僕たちの間にぐいぐい割り込んでくる。 「ちょっと壱様、いい加減にして」 「結界がなくても、さくらに姿を見てもらえてるから嬉しくなっちゃったんですよね」  ニーナはそう言って笑うだけで助けてくれる気配はない。 「だからって――。ああ、そうか。僕がピアスを着けていることを怒っていたのも、本当はさくらさんに着けてほしかったからなんだね」  何気ない僕の言葉に、壱様がピクリと耳を動かした。  どうやら図星らしい。  ちょっと待って。  僕たち、奇妙な三角関係になってしまったとか、そういうことはないよね。  さくらさんは「可愛い」と壱様を撫でている。  さっきまで僕を襲っていた九尾の狐なんだけど。  とは思うけど、小さい壱様が可愛らしいのは本当だから、僕も頷くしかない。  壱様は撫でられながら、さくらさんの膝の上でうとうとし始めた。   ニーナは「おなかいっぱいになって眠くなったのかしら」と言いながら、うっとりしている壱様の鼻先をツンツンつついている。    松明の灯りが差し込む本殿で。  あやかしと人が戯れる。  僕はそんな不思議な光景を眺めながら、これからのことを考えていた。
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