禁止

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禁止

 昔、まだ小学校に入りたての頃だったと思う。  代々続く地主の孫として産まれた私は、両親と祖父母と兄の6人で何不自由なく暮らしていた。 大きな木造の平屋で、広大な庭に蔵も2つある、ヤモリをよく見かける家だった。  ある日、夕ご飯の食卓で私は 「ねぇ、口笛ってどうすれば吹けるの?」 と聞いた。  というのもその日学校で友達がピューピューと得意げに吹いているのを見て、羨ましくなったからだ。しかしその子はコツを教えてくれなかった。  子供時分なら、誰しも同じような経験があるだろう。  そんな何気ない心からの質問だったのだが、これを言った瞬間、場が静まり返った。  普段は優しい祖父母も両親も険しい表情を浮かべている。5っ上の兄はバツが悪そうに目線を逸らして米を食べていた。  幼い私は何か悪いことを言ったのかと不安になって泣きそうになった。  幾秒かの間の後、私の肩を掴んだ祖母が口を開いた。 「いいかい。口笛なんか吹かんくていい。いや、吹いちゃいかんのよ……特に、夜に口笛を吹いちゃ、絶対にいかんよ。わかったね?」 「……うん」  祖母の口調は落ち着いていたものの、目の奥は震えていたと記憶している。  私が返事をしたら家族は皆カラッといつも通りに戻って食事と会話を再開した。  私は1人だけ仲間外れにされているような感じだった。  後で知るが「夜に口笛を吹いてはいけない」とは全国的に言われる伝承の様なもので別に私の家だけの話じゃない。  けれど、大真面目にそう言う家庭はまず無いだろう。口笛を吹こうが吹くまいがなんの変化もないのだから。 ――当時の私も似た認識だった。  してはいけないと言われれば言われるほどしたくなるのが人間である。  ましてや子供に理由のない禁止で対処するのは間違いだ。  家族が寝静まると、頭まで布団にくるまってこっそり口笛の練習をするのが私の日課になった。  コツもわからぬままがむしゃらに見様見真似を繰り返すこと1ヶ月。  徐々に音が出るようになった。  ちょうど同じ頃。 「あー、まただ」  家でよくヤモリの死骸を見かけるようになった。  どれも頭がもげていたり真っ二つになって蟻に集られていた。玄関口から庭先まで、時折屋内にまで死骸が落ちていることがあった。  中には手足が欠けても生きてる個体もいた。  可哀想に思った私はそれを見つけたら、全部庭の隅に埋めて供養していた。  親戚の出入りや祖父や父の機嫌が悪い日が増えた。  就寝前に口笛を練習して2ヶ月経った時、突然ピューと音が出せるようになった。 (やった! やっと吹けた!)  内心とても嬉しくて1人で盛り上がり、何度も口笛を吹き鳴らした。  時刻は23時くらいだったと思う。  ドドンッ!  地鳴りの様な音が庭の方から聞こえた。  禁止された口笛を吹いているのがバレたと思った私は口を塞いでそのまま布団の中で固まった。  布団に押し付けた耳に床から微かな音が伝わってくる。  ……カサッ  カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサ  おびただしい数の何かが動く音。 「きゃぁ!」  思わず叫んだ私、それと同時に部屋に誰かが勢いよく入ってきた。 「こっちに来い!」  怒鳴りながら布団から私を両手に抱え出して走り出した。  顔を見上げると汗だくの父だった。  あっという間の出来事に唖然とする私。  そのまま家を飛び出し敷地の外まで運ばれた。  一瞬だけ視界に入った、通り過ぎた庭の真ん中は地面の亀裂から黒い粒が大量に噴き出していた。  玄関門の外。  そこには家族みんなが既に集まっていた。  家の方を振り返ると、背後の黒い山と同化する漆黒に染まった我が家の姿があった。  その黒は家から漏れる明かりで照らされモザイクの様に小刻みに揺らめいている。そこからさっき耳にした何かが動く音が、何倍も大きくなってこっちにまで聞こえる。  庭から噴出していた黒い粒と同じものだと思った。  あれは何なのか。  夜だからここからじゃよく見えない。  兄が懐中電灯を家に向けて点灯させた。  何層にも重なり縦横無尽に歩き回る生き物が家を飲み込んでいる。  懐中電灯の光が家から庭、庭から門前まで照らしていく。  明かりが私を抱えた父の足元を照らした時、敷地から溢れでた黒い粒の正体は全て蟻だとわかった。  私たちは一晩近くの親戚の家で過ごした。  あくる朝、皆で我が家に戻るともう大量の蟻は消えていた。  庭にできたはずの亀裂もなくなり、何もかも夢だった様に元通り――とはいかなかった。  家そのものはすっかり蒸発してしまった。  残されたのは庭を含めた広大な土地と蔵。  そして、蟻に食い千切られたヤモリの残骸が地面に散らばるだけだった。  地元で最も裕福だった私の家は一夜にして没落した。  それから長い間、家族と親戚達は何度も議論をしていた。 「全ては私が夜に口笛を吹いたせいだ」と。  怒り散らす親族一同に対して両親や祖父母は、幼い私のしたことだから許してやってほしいと必死に庇ってくれた。  板挟みの私はすっかり引きこもるようになってしまった。  最終的に親族側が折れて、私の"処分"は無くなった。  しかし、私たち一家が貧乏になったことに変わりはない。  それから間もなく祖父母が相次いで亡くなった。  家守と私の一族には契約があったのだ。  そして夜の口笛は家守の天敵を呼んでしまうから、禁止されていた。  あれから10年。  引きこもり続ける私を放置して、父の会社は倒産、母は重度の鬱病、兄は刑務所へ。  家の守り神を失った我が家に未来はない。
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