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「ちーこの好みのタイプって、どんな人?」
斜め後ろの席から聞こえてきた会話に、僕は耳を傾けた。おっきくなっちゃいました! の魔法が切実に欲しい。女子は男子よりも格段に、お喋りスピードが速くて、なかなか聞き取るのが難しい。
「え? 私は……そうだなぁ」
ちーこさん、もとい松浪千里子さんは、ちょっと考える。ここが肝心だ。しっかり聞かなければ。
何せ僕は、席が近いだけのクラスメイトに過ぎない。僕がこんなにも自分のことを意識しているなど、彼女は知るよしもない。
「赤いマフラーが似合う、勇敢な人、かな!」
赤いマフラーとはずいぶんとピンポイントだ。僕の気持ちを代弁するように、話を振った女子は、「それって誰か好きな人がいるってことー? 誰誰?」とテンション高く質問責めにするが、千里子さんはそれ以上は答えなかった。
そして僕は帰り道、適当に入った店で赤いマフラーを買い……そして気がついた。
これを巻いて学校に行くことはできない、と。
シミュレーションをする。
赤いマフラーをして、千里子さんに挨拶をする。やあ、おはよう! 千里子さん、僕のマフラーを見て前日の友人との会話を思い出す。盗み聞きしてたの? キモイ! そしてひそひそと教室中、学校中で噂される僕。ストーカーなんだって、と話が大きくなって。
シミュレーション終了。今の僕には、赤いマフラーをして登校する勇気はない。ん? 勇敢ってそういうこと? じゃ、ないよな?
なぜか見栄を張って「贈り物ですか~?」の問いに頷いてしまい、きれいにラッピングされたマフラーを持ち帰る。
「おかえりー」
「ただいま、姉ちゃん」
リビングに陣取る我が姉は、大学生四年生。講義もほとんどなく、卒論も大筋出来上がっているというから気楽そのものだった。
ふぅ、と溜息をついたのを聞きとがめて、姉は「何々? え? プレゼント? ははーん、恋の悩みだな!?」と、なかなかに鋭いことを言った。
鋭いついでに相談にでも乗ってもらおう。
「赤いマフラーをしてて、勇気がある人って、どんな男だと思う?」
姉、間髪入れずに、
「え? そんなの仮面ライダーに決まってるじゃん」
との回答。姉が見ていたテレビからは、爆撃音がする。なんちゃらレッド! と名乗りを上げていて、僕はこれを百回くらい見せられているが、いまだに区別がつかないでいる。
「仮面ライダー……」
そんな僕でも、仮面ライダー1号くらいはわかる。テレビCMとかにも出てくるし、最近のみたいにごちゃごちゃしてないからわかりやすい。
確かに赤いマフラー……スカーフ? をしている。正義のヒーローなんだから、勇気があって当然だ。なんだか理に適っている気がする。
そういえば、(これも聞き耳を立てた結果、得た情報だが)千里子さんは、佐藤健も好きだった気がする……姉と同じで、特撮ファンか。
「1号ってことは……藤岡弘、……」
スマホで検索して驚く。あのふさふさのくるっとした髪の毛で、すでに七十歳を超えている。うちの父さん、まだ五十過ぎたばっかりで髪の毛だいぶ寂しいのに……。
しかも仮面ライダー、変身前だけじゃなくて変身後も演じていたのか。英会話も堪能で、武道をやっていてめっちゃ強い……そりゃあテレビの前の少年たちも憧れるわ。
ウィキペディアに載っている藤岡弘、の経歴をすべて読み終えたときには、僕の気持ちは固まっていた。
「僕は、藤岡弘、になる!」
そして千里子さんに告白をする。赤いマフラーを巻いて。
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