1 初めまして、大好きです

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 車で五分ほど走った後、満開に咲き誇った桜並木の奥に校門が見えてきた。海里高等学校入学式と書かれた看板が門に立て掛けられており、新入生と思われる生徒どころか学生のどの姿も見えない。  遅刻したのかと思い、車が止まると同時に慌てて降りた。 「じゃあ、俺は先に体育館に行ってるから」  背後から分かったと聞こえた気がしたが、確かめる余裕もなく、そのまま体育館へ直行しようとした。しかし、体育館へと続く渡り廊下は生徒の列で埋め尽くされており、なかなか前へ進めない。  本来ならば教室に向かった後に新入生の列に加わるのだが、その時間はなさそうで、直接体育館に入ってから新入生を探した方がいいと判断した。 「すみません、通してください」  なんとか前に進み、人垣を掻き分けようとするも、当然ながら自分より体格のいい上級生を押しのけるのも、間を通るのも至難の業だ。舌打ちされ、頭を下げながらもゆっくり前に進んでいた時だった。  ふいに視界が開けたかと思うと、長身の赤毛の男が目の前にいて、手鏡で身なりをチェックしているところを同級生に小突かれていた。自然と高鳴る鼓動を抑えながら近付くと、その小突いていた男が確かに神澤と呼ぶ声を聞いた。 「神澤、お前は鏡なんか見なくても完璧だろ?ちょっと手鏡貸して。寝癖を直してくるの忘れたんだよ」 「駄目だ。これは俺の大事な……」 「いいじゃん。貸してって」 「おい、やめろ」  同級生に奪い取られそうになる手鏡を離すまいと揉み合ううち、手鏡がつるりと滑って落ちかけた。 「あっ」  神澤が焦って手を伸ばすが、間に合わない。 しかし、その様子をじっと見ていたノアの動きは早かった。見事に手鏡をキャッチしてみせると、神澤の前に差し出す。 「あの、どうぞ。大事な物なんですよね?」  神澤の整い過ぎた綺麗な顔が、ぽかんとノアを見て、手鏡とノアの間を視線が往復する。ごくりと生唾を飲み、震える手の平の上で手鏡を捧げ持ちながら、緊張のあまりぎゅっと目をつぶってしまうと。 「ありがとう」  それだけをぽつりと言って、神澤がノアの手から手鏡を受け取る時、僅かに指先が触れた。たったそれだけの接触で背筋が震えるほどの喜びと、同時にはっきりと感じてしまいかけたノアは、思わず口走っていた。 「は、初めまして、大好きです!」
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