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2 波乱の予感
周囲の生徒がざわついて、勢いに任せて言うはずではなかったことを言ってしまったことに気が付いた。しまったと思い、慌てて取り消そうとしたのだが。
「おおお、そうか。君は俺の良さを分かってくれるのか。嬉しい、嬉しいぞ!」
神澤の一見クールに見える目と顔つきが一転し、眩暈を覚えるほど眩しい笑顔で言われ、一気に体温が上昇した。
「は、はい。俺、あなたに一目惚れして」
「そうだろう、そうだろう。俺の外見の中でもこの顔は特に素晴らしいだろう」
「はい、それはもう!」
噂通りのナルシストぶりを全面に出した発言に周りがドン引きする中、ノアは全く怯むことなく大きく同意した。
「そうかそうか!君、気に入ったよ」
「本当ですか」
「ああ。君を特別に俺のファンクラブ会員第一号にしよう」
「え?」
急上昇していたテンションが一気に沈んだ瞬間だった。
「嬉しくないのか?」
悲しそうな目を向けられ、咄嗟に首を振ってしまう。
「い、いいえ!嬉しいです。喜んで!」
「そうか、じゃあまた後で!引っ張るな、首がしま……ぐえっ」
同級生に引きずられて体育館に入って行く神澤に手を振り、告白がスルーされたことに溜息をつきかけたが、気を取り直した。冷たく無視された数年前に比べれば、これは格段の進歩と言える。接点ができただけでも上々だ。
βの中ではそれなりにモテると自負しているが、神澤のように自分が大好きにはなれない。平均的な外見のせいもあるが、だからこそ神澤がナルシストなところも含めて羨ましく、好きなのだ。神澤自身を大好きなままでいてほしいけれど、ほんの少しでも自分のことを好きになってほしい。そのためには、ファンクラブでも何でも喜んでなろう。
その思いを胸に、入学式が始まろうとしている体育館へ足を踏み入れた。
「在校生代表。生徒会会長、砂川京(けい)」
校長の挨拶や教育委員会の祝辞で眠気が誘われていたところへ、砂川という生徒が立ち上がって壇上へ向かって行く中、何やら会場がざわついた。何事かと思いつつ砂川がマイクの前に立ったところを見て、ようやくその意味を察した。
クール系イケメンの神澤とは系統が違うが、砂川は眼鏡の似合う爽やか系のイケメンだった。爽やかでどうしても連想したのは会場に来ている香晴で、そのせいなのか周りほど騒ぐ気になれなかったが、神澤の次くらいにはイケメンだと認めた。
砂川が挨拶を終えて壇上を降りた頃、会場から割れんばかりの拍手が沸き起こる。砂川の見た目もそうだが、多大な人望や人気が垣間見えて苦笑いが漏れた。
式が終わり、教師に誘導されるままに教室に向かう途中、上級生の中に一点の紅が目についた。誰かを探すように見回していた神澤は、砂川が近付いて肩を叩くと、何かを話しながら歩いて行った。意外にも友人同士のようなことに驚いたが、目立つ人間同士で寧ろ自然なことだと思い直す。
早くあの隣に並べるようになりたいと念じるように背中を見つめていると、肩を叩かれた。
振り返ると、明らかに寝癖のついた頭をした眠そうな目の男と、その隣で窺うように見てくるおさげの女がいた。微かに甘ったるい匂いが鼻につき、距離を取ろうと身を引く。
「なに?」
「俺、同じクラスの東條水月。で、こいつは橋場叶枝。よろしく」
「よ、よろしく。あ、俺は……」
「早乙女ノアだろ?」
名前を言い当てられたことに驚いたが、名前からして出席番号が近いのだろうと思い直し、差し出された手を握り返すと。そのままぐっと手を引っ張られ、首元に顔を埋められた。
「ちょっ、何す……」
「おかしいなぁ。何の匂いもしないな。せっかく好みのΩを見つけたと思ったのに」
そう耳元で囁かれたかと思うと、味見するように喉元をべろりと舐められた。
「ひっ……」
ぞわりと肌が泡立ち、東條を突き飛ばしかけたのだが、それより先に一言も言葉を発しなかった橋場が東條を引っ張った。
「叶枝、邪魔すんなよ」
東條が不機嫌そうに言うと、橋場は掻き消されそうな声でぽつりと。
「用件。それから、今は駄目。みんな見てる」
その言葉通り、教室へ向かう生徒の群れがちらほらと興味深そうな視線を投げかけてきていた。東條はそれを見て舌打ちし、ノアの方に向き直ると淡々と言った。
「砂川を狙っているならやめておけ。お前がΩなら可能性はあったけどな。俺の鼻は誤魔化せない。お前、βだろ?」
「……」
無言を肯定とみなしたのか、東條は続けた。
「ちなみに、こう見えて俺はαでこいつはΩ。それで、叶枝は砂川を追いかけてこの高校に来た。だからさ」
眠たそうな目を鋭く光らせ、東條は低く言った。
「俺に犯されたくなけりゃ、邪魔すんじゃねえぞ」
その気迫に呑まれ、誤解を訂正する間も与えられないまま、二人は立ち去った。
東條が「こう見えて」と言った通り、αは外見的に恵まれているのが常だが、彼の場合は良くても中の上レベルだった。そして何より、αとΩでありながら対等に見えた二人の関係は奇異なものに映った。否、対等どころか、一見して牽制したのは東條だが、むしろ。
東條の目を思い出してぞくりと背筋に悪寒が走り、好きになったのが神澤で本当に良かったと心底思った。
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