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5 友人の距離
友人関係を望んでおきながら、演劇部への誘いは断った。興味はあったが、単にこれ以上好きになりたくはなかったし、近付きすぎて傷付くのが怖かったからだ。
「一番の友人関係」は、つまりそれ以上の関係は望みませんよと遠回しに伝えたものだが、神澤にそこまで伝わったかどうか怪しい。怪しいが、あれは自分を抑え込むための宣言でもあるのだから構わない。
そうして友人になったノアと神澤は、以来、互いを呼び捨てで呼び合うようになり、自然と共に行動することが増えた。とはいえ、学年が違い、部活も同じではないために、一緒にいる時間はそこまで多くはない。
それでも、叶わない片想いではあっても、大好きな相手といられる一時は他の何にも変え難く、かけがえのないものだ。
昼休み、神澤と砂川とノアの三人で昼食を取っていると、神澤は放送で呼び出されて屋上からいなくなった。それを見送ってパックジュースを飲み干していると、砂川が言った。
「告白、しなくていいの?」
神澤と友人になると共に砂川ともわりと気安い関係になったのだが、そうなる前からノアの気持ちに気付いていた砂川は、度々この話題を出してくる。
ライバルだと思っているのかどうかは怪しく、からかっているのとも違うようで、どうにも未だに扱いにくい相手だ。
「砂川先輩こそ、告白しないんですか?」
「俺は、まあ、一度きっぱり振られてるし。それにこのところ例のΩの子とかいろいろあって、それどころじゃないし」
「振られ……え?」
「あれ、言ってなかった?」
「聞いてないです」
「あ、そうか。けど別に、引きずっているわけじゃないし。単に恋愛をしたくないからってだけ。あいつの過去についてはちょっと聞いてたし、ああやっぱりそうかって思った」
「そう、だったんですね……」
「ノア君もそれを知ったから身を引いたんでしょ?」
「俺が知ってるのは、青空がΩのフェロモンに当てられやすくて、そのせいで昔何かがあったということです」
「へえ、じゃあそのトラウマが自分じゃどうにもできないと思ったせいじゃないんだ?どうして?」
「それは……」
そもそも身を引いたなど砂川に一言も言った覚えがないが、何でもお見通しらしい。やはり、同じ人を好きになったからだろうか。
砂川の事情を聞いた後では何も答えないわけにもいかず、かといって砂川に比べたら大した理由ではないように思えて、答えに詰まって俯く。
「ふうん……」
「……?」
不意に陽が陰ったかと思えば、顎を掴まれて持ち上げられる。そしてそのまま、目を細めた砂川と至近距離で見合うかたちになった。
「砂川先輩……?」
眼鏡の奥の睫毛の長さまで分かる距離にまで近付いた時、背後で扉が開く音がした。
「京、部活の呼び出し……って、何してるんだ」
背後から聞こえる神澤の声がどこか上擦っている気がして、どうしたのかと振り向こうとした時。それをさせまいとするように顎を固定され、唇の端ギリギリに口付けられた。
「ちょっ……」
慌てて押し退けようとするも、αとβの力の差は歴然で、容易ではない。その間にも、じりじりと唇をずらしてこようとしてきて。
「っ……」
咄嗟にぎゅっと目を閉じた時、駆け付ける足音と共に誰かの腕に引き離されるのを感じた。と同時に、ぐいと引っ張られ、暖かな温もりに包まれる。
「え……」
何がか起こったのかと目を開くと、ふわりと芳しい香りが漂って、誰の腕の中にいるのか分かった。
「青空……」
「もう、そんなに睨むなって。でもそのお前の反応見られて満足」
砂川の言葉の意味を確かめようと見上げようとするも、きつく抱きすくめられていて分からない。
「どういうつもりだ」
「どうもこうも。昔のことに囚われていると、そのうち大事なもの失うよ」
それだけ言うと、砂川が立ち去る気配がした。重々しい扉の開閉音が響いても神澤が離れる様子はなかった。
「あの、青空……苦し……」
本当は苦しかったのは体ではなく、ドラムのように鳴っている鼓動の方だったが、そうは言えずに身じろぎして訴える。
「え、あっ……ごめん」
謝りながら離してくれた神澤を見上げると、どうしてか名残惜しそうな表情をしている気がした。
しかし、それは単なる自分の願望で、思い過ごしだったに違いないと、すぐさま視線を外した。
自分たちは友人なのだから。そして、その関係は他でもない自分が望んだのだ。長い片想いを諦めるために。
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