奴隷の刻限

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奴隷の刻限

スキャンダルは見つからないまま、幸せな時間が過ぎていった。 街の酒場の片隅で、ドブネズミと一緒に、残飯をかじっていたナズナに、脊髄にナイフを差し込まれたような激痛が走った。 「奴隷の刻限」を使った呼び出しだった。 ナズナは、急いで決められた合流ポイントへと向かう。 合流が10秒遅れるごとに、「奴隷の刻限」による激痛は増していく。 そして、その激痛が最高潮に達した時、ナズナは激痛で死ぬのだ。 指定された場所に、相手は来ていた。 いたって善良そうな朴訥とした青年である。 激痛に耐えながら、ナズナは声を発した。 「来たぞ」 青年は、少し驚いたように周りを見たが、すぐ、ナズナのことを思い出して、得心したようにうなずいた。 「へえ、本当に姿が見えないんだな」 「それより、いたい」 ナズナが、激痛に耐え兼ね、声を出す。 それを聞いて、男の顔色が変わった。 「お前、今どこにいる」 「こ、こ」 ナズナが切れ切れに声を出すと、男はそれでナズナの居場所が特定できたようだった。 ナズナのいる場所に向き直り、近くにあった角材をふるう。 派手な音がして、角材が折れ、ナズナの額から飛びちった血が、地面に落ちて、姿を見せる。 「お前ごとき下っ端の、気味悪い透明野郎が、オレに意見するんじゃねえよ」 そう言って、不機嫌そうに、もう一度、折れてしまった角材をふるう。 「それに、何、人間みたいな血を出してやがる。  見えない以外にとりえなんてないのに、血なんか出したら、人にお前の存在がばれちまうだろうが」 「すいま、せん」 理不尽だと思っても、ナズナには逆らうことができない。 「奴隷の刻限」のこともあるし、そもそも、生まれてからナズナはずっとこういう理不尽な扱いを受けてきたのだ。 ナズナにとって、これは当たり前の扱いだった。 しかし、今日は少しこの理不尽な扱いが辛いと感じた。 「そうか。最近はムスカリの優しい扱いに慣れてたからか」 声には出さず、心の中だけでつぶやく。 ムスカリの笑顔を思い出すと、「奴隷の刻限」の痛みすらも感じないようで、口元が緩む。 誰にも見えない、透明なその笑顔を見ることができる人間は誰もいない。 ひとしきり、ナズナをいたぶった後、青年は「奴隷の刻限」の痛みからナズナを解放した。 青年の呼び出しに大した意味はなかった。 ただの進捗確認と、今回の仕事内容の簡単な確認。 それだけのために、「奴隷の刻限」を使ってナズナを呼び出し、痛めつけた。 青年が去った後も、ナズナはしばらくは動くことができなかった。 けれど、その顔には、やはり喜びがあった。 撤収命令でなければ、ナズナはまだ、ムスカリの隣にいられる。
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