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あなたの犬になりたい
その夜。
ナズナは、いつも通り、ムスカリの部屋へと行った。
今日話すのは、森で偶然出会った魔女の話だ。
透明化を直す方法は知らなかったが、魔女は色々なことを知っていた。
ムスカリを楽しませるような話もあるだろうと思われた。
ナズナが部屋に入ると、ムスカリは嬉しそうにナズナの方を見た。
物音をたてなくとも、ムスカリはナズナに気付く。
そのことが、ナズナにはとてもうれしい。
だが、よくよく思い出せば、ナズナを認知できたのはムスカリだけではない。
優秀な魔法使いや、優秀な戦士は隠れて諜報活動をするナズナを認知して、殺しにかかってきていた。
その時は、見つかって嬉しいなどとは思わなかった。
とても不思議だとナズナは思う。
今まで迫害されてきたナズナは、好意的に話しかけられたことがなかった。
人から友好的な態度をとられることの喜びを知らなかった。
「こんばんは。ムスカリ」
「こんばんは。ナズナ」
「今日は、魔女について話そうと思うんだ」
ナズナがそういったところで、ムスカリが眉をひそめた。
「ナズナ。少し、かがんで頂戴」
ナズナは、言われるがままに、体をかがめる。
ムスカリが、そっと、ナズナの頬に触れた。
「やっぱり、ケガをしてる。
無理に話さない方が、いいわ」
「転んだだけだから、大丈夫」
「ダメ」
強く言って、ムスカリは透明なガーゼの上から、いたわるように傷口を撫でた。
「いたそう」
「大丈夫だって」
「ダメ。って、私ったら、いつまでも、傷を触って」
「いいよ。もっと、なでて」
目を細めるナズナの様子を感じて、ムスカリは、痛みを与えないようにゆっくりとムスカリの顔を撫でた。
微妙に当たるか当たらないかの指先の感覚がこそばゆくて、ナズナはくびをすくめる。
「飼い主とじゃれあう犬の気持ちが、少しわかったよ」
「私が犬なら、ナズナの傷口を舐めて治してあげられたのにね」
「ムスカリが犬じゃなくてよかったよ。
君に撫でられるのは、とても気持ちがいいから」
見えないムスカリと見えないナズナは、そうして、外に聞こえないよう小さな声で笑いあった。
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