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1.赤色
今日の目覚めは赤色の中。扉のない四方の壁は真っ赤に染まっている。『赤い部屋』というホラーFLASHがかつてあったことを思いながら、ベッドから俺は身を起こす。手に触れるシーツも鮮やかな赤色のサテン生地。
部屋には扉はないが、代わりに大きな窓が一つ。はめ殺しで開くことはないが、身長程もある大きさのガラスの壁。その向こうの風景は、今日は紅葉する道だった。紅に染まる木立の並ぶ真ん中に一人の男がいる。
茶色のトレンチコートに身を包んだ彼は文庫本を片手にふらふらと歩き、ちょうど良さそうなベンチを見つけて腰を掛けた。挟んでいた栞を取って、本を読み始める。
その様子を窓越しに眺めながら俺も椅子に座り、テーブルの上の朝食を摂る。今日はラズベリーのタルトと紅茶。朝から甘いものは胸焼けしそうと思ったが、仄かな酸味が効いた爽やかな味で、なんだかんだでぺろりと平らげる。
その間にアイデアが浮かび、机上のメモの一番上の紙を取って文字を書く。書き終わったそれをテーブルの向かいに座る同居者の手に挟む。同居者は子供くらいの大きさの兎のぬいぐるみ。
暫くしてそれは窓の向こうで起きる。黙々と読んでいた彼の上に、どさどさと紅葉が落ちてきた。突然降り注ぐ紅の雨に、男は慌てふためく。
この間の飲み会で、同期の可愛い女子大生を凝視していた罰だ。目を白黒させる彼の反応にけらけらと笑う。頑張って落ち葉を払い落としたようだが、癖毛の中に少し残っている。髪に紅葉を差したまま真面目な面持ちで読書を再開する様子に、俺はまた噴き出してしまう。ひとしきり笑った後、彼を眺め続ける。
特に面白いことはもう起きないが、俺は想像をする。大学生となった彼は今、どんな本を読んでいるのだろうか。ブックカバーをしている為、表紙のタイトルはわからない。真面目な参考書籍、あるいは感傷的な恋愛小説? それとも昔と変わらず、胸躍るファンタジーかもしれない。そんなことを想像しているだけで、なんとなしに満足している自分がいる。
暫くしてブザーが鳴った。もう寝る時間だった。彼も一段落したのか、本に栞を挟んで立ちあがった。紅の景色から彼が立ち去る。それを見送り、俺はベッドに戻る。どれほど眠たくなくとも、ベッドに入ると意識が遠のく。この部屋のルールの一つ。明日、再び窓越しに彼に出会う日まで。
俺は昔の映画から取って、彼のことをトゥルーマンと呼んでいる。おやすみ、トゥルーマン。
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