一話

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一話

 かなり昔の話、マッドセガール市はとても風情や情緒を大事にする街だった。だから理屈っぽい事が大嫌いなので『マッドセガール法 特になし』と書いて「できた」と街ができた。  なので、悪い奴らがこぞって、この街には集まって来た。  だからと言って警察がいない訳では無い。警官が逮捕する理由はただ一つ。直感のみ。「アイツはなんか悪いぞ!」と思ったら逮捕していく。第一印象から決めていくスタイルだ。 よってマッドセガール市には、「俺こそが当代一の正義感だ!」と人一倍正義感の強い警官志望がアチコチから集まって来た。  警官だって自称すれば警官ができるので、ミュージシャン感覚で警官を始める人々がどんどんと増えて行ったのだ。 「俺達が、このマッドセガール市にはびこる悪どもをとっちめてやる!」  こうなって来ると黙っちゃいないのが犯罪者達だ。普通なら「強い警察のいる所で悪さはしない」というのが並みの犯罪者の考え方だ。しかし、プロは違う。負けず嫌いだ。 「そんなスゲェ警察がいるなら、それを超えるスゲェ犯罪で逮捕の目を掻い潜ってやる」  という男気溢れんばかりの犯罪者、「こんな法律で守られた街の緩い手錠じゃ捕まった気がしねぇ」と愛すべき荒くれ者たちが次々とマッドセガール市に集結し、警察に戦いを挑んだ。  トップ犯罪者たちが粋なワルを見せれば、警察も粋な正義でソイツらを逮捕しよう躍起になっていく。  犯罪者達は「いかに風情のある良いワルで警察に捕まるか? あわよくば、捕まらないか?」を考えようになった。まるで一九世紀のパリで芸術論を語る画家たちの様に、マッドセガールしょんべん横丁は、毎晩、犯罪者達の犯罪論で議論に燃えたという。  単純な誘拐や人殺し、詐欺やら、外の世界の法律に記されている教科書通りで風情もユーモアも無い犯罪などはつまらない。  当時のトップ犯罪者達の犯罪は「奴らのワルの裏には人間が滲み出ている」と当時の評論家は語っていた。芸術的犯罪を生み出して来た名犯罪者達のワルは、マッドセガール市の人々を感動させた。  そして彼らは、マッドセガール市警に対抗する後世を育成するべく『マッドセガール工業幼稚園』を作り、未来のスター犯罪者を育成する学校にした。  マッドセガール工業幼稚園は街の人々を感動させる一流の犯罪者を次々と生み出し、マッドセガール市へと排出していった。 警察と犯罪者たちは日々、凌ぎを削っていた。  それから時が経った。  その今のマッドセガール工業幼稚園において、園内勢力争いにおいて絶えず一位をひた走る「みかん組」のリーダーに君臨しているワルの帝王がいた。 男の名は渡辺。黒く濁ったワルの中でも特に黒く濁ったワルのタマゴ達が一目置く渡辺。 すでにあらゆる悪を極め、世界中のマフィア、ヤクザ、秘密結社、プロレス団体から獲得のオファーが来ていたが、渡辺はそんな既成の悪行には興味が無かった。 渡辺が求めているのはあくまでも先陣のスター犯罪者達が目指した境地、ワルである。渡辺は絶えず新しい斬新なワルを追い求めていた。
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