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しんしんと冷え込む夜が続いている。
風呂から上がり歯みがきを済ませ、寝る準備を整えたヒロムは母とテレビの天気予報に耳を傾けていた。女性の高く澄んだ声が事務的に予報を告げていた。
『今夜から明日の朝にかけて冬型の気圧配置が強まり……北陸地方では積雪が見込まれるでしょう』
難しいことはよくわからないが、ヒロムはセキセツという音を拾って胸を高鳴らせた。たしか、雪と漢字で書くとセツと読むはずだ。
母の膝の上で、母の体温を背中に感じながら、ヒロムは母の顔があるはずの上に向かって顎を突き出した。
「明日、雪?」
母の声が擽ったそうにふわふわ揺れる。
「そうね、目が覚めたらあたり一面真っ白かもね」
楽しみだね、と母の声が降ってくる。母の手が優しくヒロムの頭を撫でる。母はこうして、ヒロムにたくさん触れることでそばにいるよと教えてくれる。ヒロムはまだまだ甘えたい盛りだ。
そろそろ寝ないとね、と母はテレビの電源を切った。プツッと糸が千切れたようなかすかな音を境に、テレビの音声が聞こえなくなる。
母に手を引かれてリビングから寝室へと移動する。ふかふかの布団にもぐりこみ、枕の位置を触って確かめながらゆっくりと頭を埋める。布団のにおいに包まれるとひどく安心するのはなぜだろう。
「おやすみ」
隣から母の声と、電気を消す音。ヒロムは、「寝る前には目蓋を閉じるんだよ」と母から教わったことを実践したが、まったく寝つけない。明日の雪が楽しみで頭は冴えわたっていた。
雪……あたり一面真っ白……いったいどんな色だろう?
電気を消す前も消した後も、ヒロムを取り巻く世界はなんら変わらない。ヒロムにとってはたったひとつ、〈真っ暗〉な日常を生きている、それだけのことだ。
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