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「まったくさあ。せっかく梅雨が明けた週末だっていうのに、ゴロゴロしやがって勿体ねえ……」
ぶつぶつとユキが畳み終わった洗濯物を手に立ち上がると、靖成が一点を見据えて硬直している。
「靖成?どうした?なんかいたか」
靖成はそれほど色々見えるわけではない。靖成に見えるならユキにも見えるはずだが、変な気配は感じられない。
首を傾げたユキに向かって、靖成が静かに問いかける。
「ユキちゃん……今日第何土曜日?」
「ん?第3だな」
ユキがどこかの社名が入ったカレンダーを見るのと、靖成が起き上がるのはほぼ同時だった。
「……やべっ!京都……!」
うわっ、とユキも叫ぶ。
「京都での定例会……今日か?」
「そうそうそう。ユキちゃん、どうしよ?」
時計は11時半を指している。いつも通りなら、12時から開始のはずだ。靖成はトランクス姿で何故か正座した。畳に、冷や汗なのか中年の汗なのかわからないものが滴り落ちる。
「……とりあえず着替えろ!」
ユキはそう叫ぶと、流麗な手つきで袂から巻物状の和紙を取り出し、両手で一気に左右に広げて、すらすらと指先で巻物一杯に道を描いた。靖成が汗臭いシャツを着替えGパンを履いたところで、ユキが和紙を両手でぱちんと挟む。
「行くぞ!」
一呼吸おいたときには、2人は400キロ以上離れた京都の神社の境内にいた。滞りなく定例会での報告業務をこなし帰路についたが、行きはよいよい帰りは怖い、である。
「ユキちゃん……道間違えてるよ……」
「うるせえ!」
巻物の「折り方」が悪かったのか、夜の富士樹海で一時下車してしまい、ユキの深い溜め息とともに靖成がアパートに帰宅したのは、真夜中の2時であった。
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