第2話 その1

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はあ、と賀奈枝は溜息をついた。梅雨の湿気と夏の熱気はOLの敵だ。 橋口賀奈枝は、通勤電車で乱れたゆるゆるな巻き髪と崩れた化粧を直すため、少し早めに出勤するようにしている。夏物のブラウスとグレーのタイトスカートは見た目は涼しげだが、この暑さなら何でも同じだ。  化粧を直して、ちらほらと出勤してきた社員に挨拶しながら席につくと、斜め上から紙袋を出された。 「はい、お土産です」 靖成だ。  髪はかろうじて整っているが、よれた上着を腕にかけている姿はいつもと変わらない。初対面なら、糸目なのか眠いのかも判別不可能だろう。 賀奈枝は、姉から靖成のどこがいいのかと聞かれ、もさっとヨレッとしてると言ったのは正しい表現だったなと思ったが、恋愛対象としての是否には目を瞑ることにした。 靖成に渡された袋を見ると、京都のお菓子が1箱入っている。本来なら「こんなもん自分で配りなさいよ」と言いたいところだが、朝礼が終わるとすぐ外出してしまうことが多い靖成の場合は仕方ないし、前任者からお菓子配りも引き継ぎされたので、頼む方は今更拒否されても困るだろう。そして話す機会が増えたことに、ちょっとうきうきしている賀奈枝である。 「毎月、京都に行ってるんですか?」 賀奈枝はざっと個数を確認しながら、外出準備をしている靖成に話しかけた。さりげなさを装っているが、ちょっとピンクのオーラが濃くなり、靖成は1歩離れた。 「帰省ですか?」 「まあそんなもんです」 ユキちゃんの、と心の中で靖成は付け足し、あえて賀奈枝の方は見ない。パフェを一緒に食べてからも付かず離れず同僚として接しているが、ちょっと目が合ったときにぶわっと賀奈枝のオーラが恋愛ドラマのエフェクトのようになった時があるので、靖成はなるべく下を向いて話すようにしている。営業マンとしてどうなのかと問われたら返答に困るが、そこはそれ、だ。 賀奈枝は、夏に負けないくらいに自然で爽やかな香りをさせている。不自然な自然さを身にまとってはいるが、本人は自然体なのだ。夏の七不思議を刊行する機会があれば列挙したい。
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