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「夏休みも帰られるなら、忙しいですね」
「ああ、実家は近いんでわざわざ帰りません」
え?と、菓子の入っていた紙袋を畳む賀奈枝の手が止まった。
「……どうしました?」
靖成は賀奈枝の様子に思わず質問してしまった。じっ、と見上げる賀奈枝は困惑顔で、オーラがちょっと薄くなる。これは初めてのパターンだ。
「京都へは、帰省ですよね?実家は近い?」
「ああ……」
そこか、と靖成は悩んだ。確かに誤解を招く言い方であったが、そもそも何故、賀奈枝はそんなことに拘るのかが靖成にはわからなかった。
「京都は、えーと。家業のお使いで顔を出すことになってるんです。実家は都内です」
「えっ……」
「あ、神社じゃないですけど。会社帰りに寄れるほどには近いです。両親共にそこそこ忙しいんで、たまに一緒に飯食うくらいですかね……」
篠目家のお祓い記録をまとめて、月報として関東本部に提出するまでがセットであるが、そこは省略する。ちなみにユキはしょっちゅう帰って、靖成の母からレシピを教えてもらっているらしい。ゆうべはボルシチだった。
しかし、そんな当たり障りのない世間話を聞いた賀奈枝は絶句し、数秒ののちに、そうなんですね……と力無く声を発した。スープの冷めない距離?と、誰に問うでもなく何故か語尾上がりで呟いた賀奈枝のオーラは、力無く透過処理されている。
「橋口さんも、ボルシチ好きなんですか?」
靖成は思わず聞いてしまったが、賀奈枝は思いっきり眉間に皺を寄せ、はあ?とヤンキーばりなリアクションを返してきた。怖い。
やっぱり女性は、夏の七不思議の1つである。
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