第1話 その1

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週明けに行われる朝礼は、朝に弱い靖成には苦痛以外の何者でもない。 法人向けのコンピューターやプリンターのリース中心の営業という仕事のため、週の予定や営業目標を、事前に上司に提出したデータをもとに「がんばります」という根性論を加えて報告しなくてはならないからだ。 見た目からするといかにも風采のあがらない、中年(失礼)にさしかかった独身の靖成は、派遣社員として最近雇われた賀奈枝にはただの給料泥棒にしか見えなかったが、ここ最近で評価は180度変わった。 橋口さん資料ちょうだい、と、賀奈枝は上司に言われ、頼まれていた資料を印刷したものを渡した。ちらりと見ると、今週も営業成績表の上のほうに篠目靖成の名前がある。 「はい、今回のトップは、篠目くんです!」 上司の言葉に拍手が起きるが、当の靖成はやる気のない(かろうじて髪だけは整えてあるが)眠そうな顔でお辞儀をするだけだ。 そんな印象とは異なり、彼は飛び込み営業も臆せずこなし、新規開拓も的確な説明で信用を得て、納入後のメンテナンス訪問も適切だという。 なにより評判なのは、「篠目が担当した会社は、売上が伸びる」という噂があるからだ。 客が、その取引先に接待の席でぽろりと話したことが、そういえばうちにもパソコン業者が来ていたな、と紹介の運びとなり、せっかくだからと靖成を名指しした結果、微々たるものでも確実に業績や、あるいはフロアの人間関係が良くなるのだ。 とにかく、「篠目が営業した先では良いことが起きる」のだ。 28歳の賀奈枝は、はっきり言って結婚相手を探して大企業の派遣社員をしている。誰か見つけたらすぐに契約を終了すればいいのだ。 賀奈枝の見た目は、中の上。目鼻立ちははっきりしているが、化粧をしすぎるとケバくなるため兼ね合いが難しい。160センチの身長に7センチのヒールを履き、背中まである髪は若すぎない程度に明るくカラーリングをして、毎朝ゆるく巻いている。新卒で入った会社はそこそこ性にあっていたが、事務職に疑問を持ち転職のために辞めた。しかし再就職先が決まらず、ひとまず派遣社員に落ち着いたのだ。  どうせなら、再就職先は永久就職がいい。 篠目靖成は、賀奈枝の求める条件を、半分くらい満たしていた。  うん、半分だ。
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