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靖成はそれでも陰陽師の端くれなので、営業先で怪しい気配を敏感に察知する。というか、察知した先に営業しに行くのだ。
基本的にそれほど害のない、人の悪意や嫉妬くらいなら、悪霊(便宜上こう呼ぶが、念の具現化な感じ)発見から祈祷まで非公開なため報酬はもらわない。その代わり、営業成績が上がってたまに奨励金を手にすることがお駄賃のようになっている。
「だってさ、ユキちゃんがいないと俺、いまいちわからないからなあ……さすがにサクライんときみたいな、明らかな悪意はわかるけどさ」
「どっかのエセ占い師に頼んだ札か。あんなんでも効くのな」
「いやいや、相手を特定してわざわざ悪意を込めてるんだから、効くきく。まあ悪いのはサクライだけどねえ、人を呪わば穴ふたつ」
「なんだそれ」
「呪った分だけ、自分にいずれかえってくるんだよ」
ふうん、とユキは呟いた。
「じゃあさ、俺たちにも、どかんと退治したやつらの怨念が返ってくんのか?」
「そこだよ」
珍しく、靖成がビシッとした口調になった。手元を見ると、シャツを裏返したまま畳もうとしている。そこはビシッとしないらしい。
「俺が結婚できないのは怨念のせいじゃないかと思うんだよ……ユキちゃん、どう思う?」
知るか!と、ユキは靖成の手からシャツを奪った。表に返して、きちんとたたむ。さすが、と笑う靖成からは人の良さがにじみ出ている。
これなら怨念も拍子抜けすると思うんだけどなあ、と、ユキは靖成が結婚できない理由を考えたが、鈍感なせいではないかと思う。悪霊にも、恋愛にも。
「……そうだ」
ユキはそこで、なにかを思い出した。
「最近靖成さ、なんかくっ付けてるぞ。ピンクの霊」
「ピンク?最近は行ってないぞ」
いや……ピンクな店じゃない。とユキは胸のうちで突っ込む。そして靖成は独身男性だしユキは男(たぶん)だしそれはどうでも良い。
「女だよ。好意を感じる、桃色の霊気だ」
「……女?」
靖成はすっごく疑わしいという表情をした。糸目ではなく、本来は平安顔というか、涼しげな目元なのだが、眉間に皺を寄せて睨むと人相が悪くなる。付け加えるなら、ちょうどいい高さの鼻と唇、要するにそんなに特徴のない顔は父親似だ。
なんでも、悪霊退治には目立たないほうが都合がいいらしい。物は言い様だ。
しかし、女といわれて険しい顔しかしないのも、いかがなものだろうとユキは思う。
「靖成、最近だれか女に誘われたり優しくされたりしなかったか?」
「いや」
即答だ。
「でもな、ひょっとしたらその女が、靖成の奥さんになる人かもしれないんだぞ!もう少し真剣に考えろよ!」
ユキは思わず興奮気味になる。なんといっても、自分の人生(?)がかかっているのだから。
反対に、靖成は乗り気ではない。
「真剣に考えても、そんな女はいない」
珍しく強い口調で言い切る靖成にユキは驚いたが、仕方ないと立ち上がった。腹が減っては戦ができぬ。糖分が足りねば思考はできぬ。
「靖成、ケーキはデザートな」
ユキがピシッと指さすと、靖成が伸ばした手から、ケーキの箱がするっと平行移動した。
子供の頃から、ご飯の前におやつを食べ過ぎて母親に叱られてる姿を目の当たりにしているユキは、靖成がケーキを先に食べないよう、釘をさすのを忘れなかった。
えー、と子供のような半べその声を出す35歳。色気より食い気、それもお預け状態とはなんとも切ないのだった。
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