夏の下

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夏の下

『先生は汗ひとつかかなそうな、涼しげな顔をしているのに、暑いのがとにかく苦手でしたね。私はあなたを見る度、日本に生まれてくるには不適合な人だなと思っていました。  反対に私は夏が好きで、水を得た魚のようだったでしょう。あなたにとっては図体がデカく、暑苦しい存在だったかもしれません。  それでも、私はあなたと過ごして一層夏が好きになったんですよ。ぬるいオレンジジュースのとんでもないマズさは、今でもよく憶えています――――』  北校舎の一階に位置する社会科準備室は、廊下と南校舎のおかげで日差しが入ってこない。しかし逆を返せば南校舎のせいで風もあまり吹き抜けず、夏が近づくと湿気を含んだ暑さに見舞われていた。  校舎裏の溜め池と敷地を隔てるフェンスに沿って、植えられた木々にしがみついた蝉が馬鹿でかい声で繁殖を乞うている。それは室内にも木霊し、春先の静けさなどまるで幻のようだった。 「せんせ、仕事せんでええん」  早々に教材の整理を終え、拝借した中国の歴史書を読んでいた五十里谷は樋口に声をかけた。つい十五分ほど前に見たときは起きていたはずだが、今はグッタリとデスクへしなだれかかって伏せてしまっている。 「ああ……」 「大丈夫なん?」 「ああ……」 「絶対嘘やん声死んどるやん」  パタンと本を閉じ、様子を見に行くか否か悩み、結局やめる。生徒が見てはいけない仕事をしていた場合、困るのは五十里谷でなく樋口だからだ。  とはいえ、樋口だけでなく白衣まで、心なしかくすみ、皺が寄って疲弊感が漂っている。放っておいたら冗談抜きで干からびてしまいそうで、ペンペンとソファを叩いた。 「ちょっと横んなったら?」 「いや……」 「俺がおったら転ばれん? 出てったら、ちゃんと休める?」  樋口に対して接し方がフランクになった五十里谷だが、逆もそうだとは限らない。以前より会話には積極的に乗ってくれるようにはなったが、未だ探るように窺い、彼が嫌がらないボーダーラインを探している。  すると暫く黙っていた樋口が気怠そうに立ち上がり、ふらり、ふらりと覚束ない足取りでソファへやってきた。  慌てて場所を譲ると、倒れこむように男がそこへ寝そべる。もぞもぞと脚を肘かけへ乗せ、仰向けで目を閉じる顔色が白っぽい。 「別に……あんま、すぐ傍に人がいる状況に慣れてねえだけ」 「……そうなん」  遠まわしだが、これは懸念を払拭するための言葉だ。五十里谷だから距離を置くわけじゃない。それだけ教えてもらえれば、安堵するには十分だった。  可哀想なほどバテている樋口を見下ろしていたが、テーブルに置いたカバンから下敷きとペットボトルの茶を出す。樋口の頭元にある肘かけへ浅く座って煽いでやりながら、ボトルホルダーを外して男の頬に当てた。 「飲みいよ。これ二本目のんやから、まだ口つけてへんし、若干凍っとるから冷たいし」 「ああ……わりいな」  横を向き、汗をかいたボトルを手にした樋口がそれを飲んで息をついた。五十里谷は甲斐甲斐しくキャップを締め、手に持たせてまた下敷きで風を送る。 「珈琲飲みすぎやねん。うちの保護者もカフェイン中毒やけど、飲みすぎたら水分不足なるし胃がムカムカする言うてたもん」 「暑くなきゃ問題ねえし」 「まあでも例えばやけどさあ、髪の毛短くしてみるとかどない?」  長髪というほど樋口の髪は長くないが、結える程度には伸びている。結った髪の内側は相当湿度と温度が高いと聞いたことがあるし、それほど暑いならば切ってもいいんじゃないだろうか。  しかし樋口は「無理」と一言告げ、気怠そうに目を閉じた。長い睫毛の緩やかなカールといい、一見して男性だとわかるのに女性的な美しさも彼には同居している。ブロンズカラーのリングが連なり重なったような形のポニーカフスが、見るからに女性ものだからかもしれない。 「この髪ゴムのやつ、毎日同じやつやんな。気に入っとん?」 「別に」 「女もんやろ? ちっさい石がキラッキラしとるし……」 「うるせえ」 「すぐうるさい言う……」  悪態はつくが、普段よりキレがない。軽い熱中症にでもなっているんじゃないかと、本格的に心配しだした五十里谷は何気なく男の額へ手を伸ばした。 「熱とかないやんな?」 「ッ……」  触れると、ビクっと大袈裟な反応が返ってくる。驚いて手を引いた五十里谷は、少し傷ついたことを隠すために笑みを浮かべた。 「ごめん、ビビらしてもた」 「……そうじゃねえわ」  樋口は眉を寄せ、行き場のない五十里谷の手を掴んで自分の額へ置いた。薄い皮膚の下に溜めこんだ熱が、じんわりと体温の低い手に伝わってくる。樋口の眉間から皺が溶けていく様を、五十里谷はほっと眺めていた。 「あんま人に触られんの、アカンのん?」 「別に」 「せんせ潔癖っぽいやん。彼女おらなそう」 「いねえな」 「ずっと?」 「三年前まで嫁はいた」  口から飛び出しかかった「嘘やん」は、かろうじて押し留めることができた。いくら驚いたからといって、さすがに失礼がすぎる。 「おった……って、つまり」 「バツイチ」  サラリと言って、樋口が目を閉じる。手のひらがぬるくなってしまったのか、ひっくり返されて今度は甲を使ってくれた。  こんな風に、樋口のことを訊ね、教えてもらうのは初めてだ。五十里谷は彼の人となりを知れることが嬉しくて、駄目元で切り出す。 「なんで離婚したん、って訊いてええ?」 「男と消えた」 「え……悲惨やん」 「どうってことねえな」 「もしかして、髪の毛のやつって元奥さんのん?」  目を閉じたままの樋口が鼻を鳴らし、く、と口角を上げる。それ以上の追及はさせないとばかりに、すぐに話題を変えてしまった。 「お前、さっさと帰って試験勉強してこい。カフェイン中毒の親に心労与えんな」 「いや、親ちゃうし」 「は?」  ぱちりと瞼を開け、黒々とした瞳が五十里谷を見上げてくる。死にかけの魚っぽさがないときは、腹の中を全て見透かされそうな気がして思わず目を逸らしてしまう。 「叔母やねん。仕事で遅うまで帰ってこんし……あ、でも勉強はちゃんとしとるで? アホに育ったら余計な面倒かけてまうやん。就職口見つからんとか」  早口になってしまったのは、それこそ奥まった場所に隠してある恥部を暴かれたくないからだ。鮮やかに話題を変えた樋口の心境が、今はよくわかる。  男の視線は数秒ほど五十里谷の顎付近に刺さっていたが、やがて脱力したのか、気怠そうな声がした。 「アホか。それを面倒とは言わねえよ。心配っつーんだ」  その指摘を額面通りに受け取ってしまえと囁く己の甘い声は、むず痒くて居た堪れない。反対にひた隠しにしている罪悪感は、どのツラ下げて受け取る気だと目くじらを立てていた。どちらの声が大きいかは最初からわかっている。 あからさまなことを知っていて、もうその話題には触れなかった。 「あ、もう手、ぬるいから退ける?」 「反対の手。寄越せ」 「……俺に触られて気持ち悪ないん」  要求されるまま、下敷きを持ち替えて反対の手で額を冷やす。薄目を開けて天井を眺める男は、今にも寝そうな雰囲気だった。 「別に」 「ホモやで」  自分の言葉に自分で傷ついていれば世話がない。卑屈に響いたそれを後悔していれば、樋口の視線が五十里谷へと移動した。  しっとりと汗ばんだ熱い肌と、黒曜石のような瞳が寄越す温度は、どうにも五十里谷をおかしな気分にさせる。見つめ合う内、男の顔立ちが好みだと今更気づいた途端にドキドキして、性懲りもなく目を逸らしてしまう。男子高校生ってやつは、どうしようもなく浅はかな生き物だ。 「せんせ、見すぎちゃう?」 「うるせえ。所詮ただのガキだろうが」 「でもほら、襲われたり……」 「するわけねえだろボケ。お前自分をなんだと思ってんだハゲ」 「まだ全然ハゲてへんのに……」  興味なさげに口を閉じた男が、冷たい場所を探すように、五十里谷の手首から腕へと指先を這わせる。先端まで熱いそれが無防備な肌を辿る感触はいやに性的で、首裏が不自然にざわついた。  しかし樋口は気にした様子もなく、半袖シャツの下で二の腕をがっしりと掴み、「冷てえ」と溜め息を吐く。  一人で勝手にいけない気分になった五十里谷は、本棚に並ぶタイトルを端から順に黙読し続けるしかなかった。  樋口と過ごす時間はどんどん平穏さを増していくが、五十里谷のヒエラルキーは未だクラス内の最下位を陣取っている。  朝から止まない雨で空気が湿り気を帯びた日の、放課後。今週は教室内の掃除を割り当てられており、そろそろ終わるかという頃だった。横井の腰巾着である男子生徒が、口を縛ったゴミ袋をずいと差し出してくる。 「これ捨ててきてよ」  ゴミ捨て場は教職員用駐車場の一角だから、雨に濡れるのが嫌なのだろう。察した五十里谷が受け取ると、彼は小声で「ゴミがゴミ捨てとかウケる」と囁いて離れていった。  慣れてはいても、心ない中傷に胸が痛まないはずない。彼らの胸は全く痛まないのだろうか。五十里谷は今言われた暴言を、どうあっても人には言えないというのに。  思わず動きが止まった五十里谷へ戸惑いがちに近づいてきたのは、クラス内でも大人しく、目立たない存在の女子生徒だった。 「五十里谷君、……あの、私が行こうか?」  嫌がらせ以外で声をかけられたのは久しぶりで、驚いて女子生徒を見下ろす。長身の五十里谷に威圧感を覚えたのか小柄な彼女は少し身を引いたが、それよりも、腰巾着が彼女を睨んでいるのに気がついてしまった。 「いらん」  罪悪感を捩じ伏せて突き放すように言い、袋とカバンを抱えて教室を後にする。きっと勇気を振り絞って話しかけてくれたのだろう彼女を、自分と同じような立場へ追いやることはしたくない。ちょっとしたきっかけで標的になる、それが狭いコミュニティ内で起きるいじめの怖いところだ。  黙々と人もまばらな廊下を進み、紙屑でパンパンになった袋を一瞥する。四十五リットルサイズの青いゴミ袋の中にあるものと、自分は同じ価値なのだろうか。ただ焼却されて消えゆくだけに留まらず、場合によってはなんらかの有害物質を発生させて大気を汚染するような存在なのだろうか。  考え出すと吐き気がした。腹の内側に生まれた排他的な感情が、内臓から骨や肉まで食い散らかして体外へ飛び出しそうになる。無理やり詰めて押しこんで蓋をした負の感情がひとたび外界を知れば、見せかけの平穏すら壊れてしまうだろう。 「ふう……」  五十里谷は深呼吸をし、蟠る気持ちごと二酸化炭素を吐き出しきった。 ゴミを捨てたら、樋口に会いに行こう。あの仏頂面と覇気のない目が見たい。綺麗な顔立ちからは想像もできない悪態をスラスラと投げつけられでもしたら、クラスメイトに言われたことも、クラスメイトに言ったことも、重苦しい気持ちもふっと軽くなるはずだ。  意図的に頭の中から樋口以外を取り出し、足取り軽く階段を下りていく。すると一階と二階の間にある踊り場へ差しかかったとき、懐かしい声が五十里谷を呼んだ。 「俊介」  はたと立ち止まり、振り返って二階を見上げる。 「河野……」  そこにいたのは、走って追いかけてきたのか少し息を荒げた男子生徒だった。真面目で大人しそうな見た目通り、いつもほのぼのと穏やかな笑みを浮かべている彼が、今は気まずそうに取り繕った顔で笑う。 「その……ゴミ捨て場行くなら、俺カバン持つよ。傘もあるし、大変だよな」 「……いらん」 「っあ、待てって!」  苦み走った拒否を吐き捨て、すぐさま歩を進める。五十里谷は焦っていた。何故なら彼は、元恋人だからだ。  話しているところを万が一にも横井に見られたら、涙する彼を無理に説得し、突き放した意味がなくなってしまう。今度はもう庇える言い訳がない。  追いかけてくる気配を振りきるように、一階目指して駆け下りる。しかし背後で息をのむ音が聞こえ、振り向いた五十里谷は反射的に腕を広げた。 「アホ……ッ」  河野は控えめに言っても運動神経が悪い。しかもそそっかしく、交際中も幾度となく転びそうなところを支えてきた。だから足を踏み外して傾く身体を、無意識に受け止めようとする。  手離したゴミ袋が階段を転がり落ちた。予想通り腕の中へ飛びこんできた河野を抱き留め、なんとか踏ん張ろうと努める。だが、かかとの場所が悪い。不確かな空間を踏み抜き、受け止めた体重を支え切れないまま、五十里谷は背中から階下へ倒れこんだ。 「……っ」  たった数段からでも、男一人を抱えていれば結構なダメージがある。しかしなんの奇跡か転げ落ちたゴミ袋が頭の下にあり、大切な部分を強打する事態は免れた。 「っ俊介、ごめん……!」  泣きそうな顔で身体を起こした河野が、呻く五十里谷を前にオロオロと狼狽えている。  大丈夫。お前は? そう訊きたいのに、未だ痛みの波は過ぎ去らず声が出せなかった。 「ごめん、ごめんな、俺、俊介に痛い思いさせてばっかだ……っ」  悲壮感漂う表情を見上げ、どうにか首を振る。ゆっくりと息を吸って吐けば、背中に関しては徐々に痛みがマシになっていき、支えられてやっと身体を起こすことができた。 「大丈夫やで……ホンマ、鈍クサいわ……」 「ごめん……」 「ええって、もう帰り。保健室行ってくるから」 「じゃ、じゃあ俺が一緒にっ」  河野が付き添いを申し出たとき、パタ、パタ、と間抜けなスリッパの音が廊下に響いた。  どことなく聞き覚えを感じて首を巡らせると、白衣のポケットに両手を入れた樋口が歩いてくる。彼は踊り場前へ姿を現すと、階段下で座りこんでいる生徒を見て小走りで駆け寄ってきた。 「どうした」 「せんせ……」  五十里谷は樋口の登場で無性に安堵し、「せんせも走れるんや」と場違いな感想を抱いていたが、男は生徒二人の状況をなんとなく察したようで眉を寄せていた。 「そこのお前、怪我は?」 「俺はないです。でも俊介が……」 「そうか。こいつ保健室連れてくから、このゴミ捨ててお前は帰れ。……一人で立てんの?」  肩に手を置いて顔を覗きこまれ、首を振る。 「足首アウトっぽい。せんせ、肩貸して」 「しゃあねえな……」  口ぶりだけは面倒そうに、しかし早速五十里谷の腕を肩にかけた樋口は、「重い」と文句を垂れながらもしっかりと支え、立たせてくれた。 「おい、早く帰れよ。いいな」 「あ、はい……」  もの言いたげな河野の視線には、気づかないフリをする。ひょこひょこと無事な足で跳ねながら、樋口に連れられて保健室へ向かった。  幸い足首の捻挫だけで済んだ五十里谷は、応急処置を施してもらい、樋口の車で学校を後にする。保護者へ連絡を入れる、と言う保険医に駄々をこねた結果、代替案として樋口が自ら家まで送ると申し出てくれたのだ。  学校側としては怪我をした生徒を一人で帰らせるわけにいかないのだろうが、仕事中の叔母を呼び出されてしまったら罪悪感で顔が見れなくなってしまう。快く来てくれるだろうと知っているから、余計にだ。 「ごめんな、せんせ」  住宅街を抜けて大通りへ出た車内で、改めて頭を下げる。すると入力した住所地へとナビ通りに車を走らせる樋口は、呆れ顔で溜め息を吐いた。 「ホントにな。まあ、家の人にちゃんと自分で説明するって言ったの信じてやる。意味はわかってんな?」  それは教師からの説明責任を省略させた、五十里谷への信頼であり宿題だ。本当なら言いたくはないが、樋口の顔に泥を塗る真似ができないため捻挫の件は伝えざるを得ない。 「ん……」 「どうせお前のことだから、その保護者にクソ遠慮してんだろうし」 「遠慮っていうか……迷惑ばっかかけんのもアレやん」  うまく言えなくて濁した部分を、男は「アレな」と復唱する。中々に意地が悪い。五十里谷は反撃しようと口を尖らせるも、腹から盛大な音が鳴ってへにゃりと項垂れた。 「せんせ……腹減った」 「我慢しろ」 「無理や、死んでまう。ひもじい……」 「お前、俺にはもうちょっと遠慮していいんだぞ」 「出会い頭の第一声で、いじめか? って刺してきたせんせに遠慮とか無理やわ」  樋口の横顔がむっつりと能面を模す。どうやら彼の記憶にもあの日のやり取りは残っていて、かつ発言自体には一応の申し訳なさを感じているようだ。  五十里谷は面白くなって笑いながら、しかし気が緩んだせいか発される鈍痛に顔をしかめた。 「っていうか足、痛いのん酷なってんねんけど、なんなんこれ。取れてまう」 「アホか取れねえよ」 「いや取れる」  取れる、取れない、取れる。くだらない応酬は、樋口の「取るぞ」という脅しでピリオドが打たれる。しかしドスの効いた低音で威嚇するわりに、樋口は大通り沿いのファーストフード店へハンドルを切り、ドライブスルーでハンバーガーのセットを買ってくれた。駐車場に車を停め、気休め程度の夕飯タイムが始まる。  五十里谷はありがたくハンバーガーを頬張り、空腹を炭水化物とタンパク質で癒せる喜びに満面の笑みを浮かべた。 「せんせって意外に面倒見ええよな」 「こっから歩いて帰っていいぞ」 「ごめんて」  隣でもそもそと食べ進める樋口から突き刺さる、視線の痛さは本物だ。あまりからかうのはやめ、五十里谷はそれから完食するまで無言だった。 「ん。ごっそーさん。せんせ、ホンマありがとう、生き延びれた」 「大袈裟なんだよ。腹いっぱいなったか?」 「んや、まだ四分目くらい」 「胃袋バグってんじゃねえの」 「サッカー部やったからなーその名残りかもしれん。俺めっちゃ食うで」  包み紙を丁寧に畳み、潰したフライドポテトのパッケージと共に紙袋の中へ詰め直す。そうしながらふと、コンパクトに折り畳んだ紙袋を目の前で揺らめかせた。 「なあなあ、せんせ」 「あ?」 「今日な、ゴミがゴミ捨てウケるって言われたんやけど、俺そんなゴミっぽい?」  なんて答えてほしいのか、自分でも判然としない。だが己の中で消化できていない言葉の刃を、彼ならどうにかしてくれると期待していることは自覚していた。  すると男は五十里谷の指先から、振られていた紙袋を取り上げる。それをビニール袋へ躊躇なく捨て、窓を開けて煙草を吸い始めた。 「お前、知ってるか?」 「何を?」 「ゴミ袋ん中に入りゃ、とりあえず収集車が持ってってくれんの」 「いや……知らん。俺ちゃんと分別するもん」  一体それがどうしたのだろうか。煙を吐き出す横顔を見つめ、首を傾げる。  樋口は意地悪そうに片方の口角だけを器用に上げ、ふんと鼻を鳴らした。 「入らねえもんは置いてかれんだ。ゴミ扱いしてくれねえ。……お前はでかすぎて袋に入らねえな?」 「な……」  無意識に強張っていた肩が脱力してやっと、五十里谷は樋口に「ゴミじゃない」と言ってほしかったのだと気づく。つくづく子どもっぽい思考だ。返答も、彼の勝ち誇ったような表情も同様に。 「もー……なんなん、その屁理屈」 「大体、そのゴミのおかげで頭打たずに済んだんだろ。俺としてはゴミ様ありがとよって感じなんだけど、お前は違えの」 「いや、違わん。……ホンマ……っは、はは、ゴミ様てなんなん、せんせ言うとること無茶くちゃやん」  沸々と込み上げる笑いは殺せず、声が出る。その衝動は中々収まらなかったが、樋口は止めることもなく、目尻に涙を浮かばせてひいひいと笑う五十里谷が落ち着くまで、ゆったりと煙草を吸っていた。 「はは、は……ふはっ、うー、あー、よう笑った……」 「お疲れさん」 「ども。あんなせんせ、ベストタイミングで来てくれてありがとう。身体中痛いし、あいつおるし、どないしょうって思ててん」  樋口が曲がり角から顔を出した瞬間の安堵を、よく憶えている。あのとき五十里谷は、身勝手にも「ああ、助かった」と感じたのだ。  煙草の火を消して窓を閉めた男は、エンジンをかけて車を発進させた。 「もしかして、あいつが元カレか」 「そお。久しぶりに話しかけられてビビったわ……横井の嫌がらせが始まってすぐ、なんも言うなよって釘刺して別れたっきりやってん。あいつ優しいから、まだ俺に申し訳ないとか思てんのやろけど……」 「違えだろ」  バッサリと言い切る樋口は、前を見据えたまま続ける。 「このままじゃ駄目だって思えたんだろうよ」 「……それはなんなん。まだ俺のこと好きとか、そういう?」 「どんな意味にしろ好意だろ。お前はこのままでいいのか? 気持ちが冷めたわけじゃねえんだろ?」  今まで河野を横井から遠ざけることばかりに意識が向いていた五十里谷にとって、樋口の疑問は寝耳に水だった。  別れを告げた時点で、河野との恋は終えている。嫌いになったわけではないし、今も彼を大切に思っているのは事実だ。しかしもう恋ではない。この先どうこうなる気は一切なかった。 「守ったりたいとは、思てるで。でも今も好きで、もう一回あいつと付き合いたいとかはない」 「なんだ、あわよくばヨリ戻してえとかねえんだな」 「ないない。っていうか、別れて復縁って意味わからんやん。じゃあ別れんでええやん。……え、そうやんな?」 「お前本当に現役男子高校生か?」  樋口は何故か無気力な眼差しで五十里谷を横目に見て、深い溜め息を吐き出す。どうやら呆れられているようだが、その理由はわからなかった。 「なんなん。もしかして俺、終わらしたつもりになっとるだけなん?」 「知るか。お前のことはお前と話せ。お前を一番知ってんのはお前なんだからよ」  匙を投げたようでいて、核心をついた言葉だった。五十里谷は自身の胸に手を当てる。そういえば周囲の状況と、こうしなければ、ああしなければという焦りばかりで、ゆっくりと自問自答してやったことがないかもしれない。 「なんて訊いたらええ?」 「これでええんか? 後悔せんか? あとで笑い話にできるんか?」 「せんせ発音完璧やん」 「どっかの関西人のせいだな」 「おかげって言うて」 「ど厚かましい」  テンポよく嫌味を返してくる樋口との会話を楽しみながら、五十里谷は顔を綻ばせた。  彼は最初からそうだ。わかりやすい肯定はしないが、五十里谷自身を否定しない。その安心感に手懐けられた五十里谷は、腹を見せる犬と大差なかった。もっと、この心地いい男の傍で、煙草臭くてクリアな空気を吸いこんでいたくなる。 「もし俺の中の俺がさあ、やっぱこのままは嫌や、って言いだしたら、どうしたらええ?」 「己に忠実に動けばいいんじゃねえの」 「そしたら迷惑かかるやん」 「誰に、どんな? 自意識過剰なんだよ、クソガキ」  男は子どものような気軽さで、大人らしい寛容さで、五十里谷の根っこにある不安を一息に笑い飛ばした。 「ガキがちょっと我儘言ったくらいで、周りはそれほど迷惑だと思わねえよ。言われたら言われたとき考えろ。なんでも遠慮しすぎなんだよお前」 「そんな軽くてええん……」 「いいに決まってんだろクソガキ。せっかく元カレ庇うだけの男気はあんだから、堂々としてろ、バーカ」  五十里谷は左肘を窓枠の僅かな段差へ引っかけ、手のひらで顔の上半分を覆う。唇は弧を描いているが、眉間に皺を寄せて涙を堪える姿を、悟られるのは恥ずかしかった。 「……馬鹿って言うんやめてえな。アホのんがいい」 「そうかよ」  クツクツと喉で笑う男の声を聞きながら、指の隙間から窓の外を眺める。  自宅マンションへと続くこの大きな道路が、後五分、長めに続けばいい。  ドラッグストアで購入した湿布やテーピングを土産に持たされ、叔母の持ち家であるマンションの一室へ帰りついた。自ら進んで社畜と成り果てている保護者はまだ帰宅しておらず、無人のリビングはガランと侘しい。  多忙にもかかわらず欠かさず朝の内に用意してくれている夕食を平らげ、どうにかこうにか風呂へ入り終える。いつものように洗い物や掃除に取りかかろうとはしたのだが、風呂で温まったせいか捻挫した足首の傷みが増していて、とてもじゃないが歩きまわる勇気はなかった。しかしテーピングがうまく巻けず、諦めてリビングのソファで横たわる。部活で負傷したときはマネージャー任せだったため、やり方だけでも見ておけばよかった、と後悔した。  なんの気なしに携帯を弄ると、叔母専用と化しつつある端末にメッセージが数件入っている。驚くことに、全て河野からのものだった。ゴクリと唾をのみ、恐る恐るメッセージアプリを開く。 『急に声かけてビックリさせたよな。怪我させてごめん。足、大丈夫? ゴミはちゃんと捨てといたから安心して。あと、遅くなって本当にごめん。やっと決心がついたよ』  そこで思わせぶりなメッセージは終わっている。彼を遠ざけるなら無視しなければいけないのに、五十里谷はつい、「なんの?」と打ち返していた。  すると数分も経たず、『俺と友達になってください』という、青春漫画の決め台詞のようなメッセージが返ってくる。しかし真面目で堅苦しい文面から感じ取れるのは、熱い友情以上に、祈り願う切実さだった。それがあまりに河野らしく、車内では我慢できた涙が目尻に滲む。鼻をすすり、迷いがちな指先で返事を打った。  ――お前までいじめられんで。 『大丈夫だよ』  ――なんも大丈夫ちゃう。 『あいつらに話したんだ。本当のこと』  ――アホか、なんでそんなことすんねん。 『言うのが遅いって怒られた。皆、俊介に謝りたいって』  邪魔な水分で視界が揺らぎ、キーボードをタップできない。しかし河野は続けざまに、迷いのないスピードでメッセージを送りつけてきた。 『明日から一緒に昼飯食べようよ』 『去年みたいに』 『一人になんかしないから』 『このままじゃ嫌だよ』  ツンと痛む目頭を揉み、座面へ突っ伏す。目を閉じると、まるで河野の心を見透かしたような物言いをする樋口を思い出した。このままじゃ駄目だって思えたんだろうよ、と言っていた。彼は何か、特殊な能力でも持っているのだろうか。  五十里谷が進みも戻りもできない間に、河野は自分に問い、現状を改善するための行動を起こしている。だが、とても怖かったはずだ。声をかけてくれた女子生徒のように、勇気がいったはずだ。河野は横井が五十里谷にした嫌がらせを、二年の最後まで同じ教室内で見せられ続けていたのだから。  五十里谷が受けたいじめは、ニュースで話題になるものと比べたら生易しい。それでも横井は上手に五十里谷を孤立させた。心が健康であれば受け流せるような言葉の刃も、支えを失って狼狽している心身には致命傷のように刺さる。驚くことにそれは何をどうしても抜けなくて、ずっと刺さったまま、止まらない血を伝わせているのだ。本来はよく喋り、よく笑うムードメーカーだった五十里谷の内側を無遠慮に踏み荒らした孤独とは、地味でいて殺傷能力が高かった。  だからこそ、河野の願いを聞き入れていいのかが悩ましい――と、悩む自分に愕然とする。今までなら考えることもせず跳ね除けていたはずなのに、頭の中には樋口のぶっきらぼうで優しい言葉が木霊していた。  これでええんか? 後悔せんか? あとで、笑い話にできるんか?  頷いて、首を傾げ、横に振った。五十里谷は最後に自分へ問う。 「あいつらと一緒におりたいん?」  声に出して呟いた途端、胸の奥がぎゅうっと痛んだ。身の程知らずな期待を非難するような、本当の願いを知って歓喜するような、複雑な痛みだった。  じっと携帯の画面を見つめ、簡潔な返答を打つ。それをワンタップで河野へ届けたとき、玄関が開く音がした。起き上がると、帰って来た叔母、あかりがリビングへ顔を出して目を輝かせる。独身キャリアウーマンの彼女はいつも綺麗で隙もないが、今はどこか少女のようだった。 「俊、起きてたの。ただいま」  共に暮らし始めて約一年が経っても、彼女とは接し方がわからない。だからいつも早めに自室へ引っこむようにしていたのだが、今日はうっかりしていた。 「おかえり……」 「遅くなってごめんね。でも珍しいわ、俊がこの時間まで起きてるなんて。ご飯は食べた?」 「ああ、うん」 「ならよかった。そうだ俊、オヤツ食べない? さっき閉店間際のケーキ屋で色々買っちゃったのよ」  いそいそとケーキ屋の袋をダイニングテーブルへ置いたあかりが、期待のこもった眼差しで五十里谷を窺っている。それが本音か社交辞令かわからず戸惑っていると、彼女はぎこちなく視線を迷わせた。 「その……無理強いはしないけど。ええと、甘いものは嫌いかしら?」 「や、嫌いやないけど……」 「そう、よかった。……駄目ねえ私、一年も一緒に棲んで、俊の好みも知らないなんて」  気まずさを誤魔化すように笑い声を立てるあかりは、横顔に寂しさを漂わせている。五十里谷はその様子を眺め、動揺していた。  遠方に棲んでいたこともあり、年に一度会うか会わないかだった彼女と、接し方がわからないのは事実だ。ごく潰しを養わせているし、五十里谷がいては恋人も家に呼びにくいだろう。そして彼女にとっては兄の、五十里谷にとっては父のしでかした悪行の尻ぬぐいで負担をかけてきた分の引け目も感じている。  だからこそ今以上の迷惑をかけないよう、彼女の時間を邪魔しないよう努めていたのだが、あかりはもしかすると、交流のなさを残念に感じてくれているのだろうか。そんな風に自意識過剰としか思えない疑問を抱く自分に、また驚愕する。  浮かんだ疑問に返ってきたのは、樋口のざっくばらんな否定の言葉だった。  彼ならこんなとき、どうするだろうかと想像し、なぞる。削げ落ちて久しい勇気を補うのは、道しるべというには強引で抗いがたく、羨ましいほど真っ直ぐものを言う偉そうな態度だ。 「あ、のさあ……イチゴの乗ったやつ、ある?」  ガキの我儘程度はたいした迷惑にならない。そう言った声に背中を押され、精一杯の一歩を踏み出してみる。  するとあかりは驚いたように目を見張って、こくこくと何度か頷いた。 「あるわよ。ショートケーキと、プリンアラモード。一緒に食べましょ」 「ん……」  嬉々としてキッチンへ移動し、食器を準備するあかりを見て安堵する。案外、踏み出してみたところで迷惑ではないようだ。適当に言っているように見えて、樋口の指摘はどうも核心を突いてくる。  五十里谷は心地のいい緊張を抱きながら、「手伝うわ」と言ってソファを立つ。しかしすっかり忘れていた捻挫の痛みが走り抜け、声なくその場に崩れ落ちた。床に手をついた音で、あかりが不思議そうにカウンターキッチンから振り返る。 「俊……? どうしたの?」 「や、なんでも……」  反射的に「ない」と続けようとした五十里谷を止めたのは、またもや樋口だった。彼のくれた信頼を、幼い見栄で壊したくはない。近づいてくるあかりを窺い、情けなさを押し殺して白状する。 「あんな、今日ちょっと挫いてもて……自分やとうまく巻けへんかったから、できたらテーピング、してほしいんやけど……」  多忙な管理職のあかりを、あまり煩わせたくはないのだけれど。  傍へ膝をついたあかりは、赤みの増した足首を睨んで眉を寄せた。 「何言ってるの」 「ごめん」 「できたらも何も、そういうことは早く言いなさい。するに決まってるでしょ」  深い溜め息を吐いたあかりは五十里谷を座らせて、かかとを自身の膝に乗せる。熱を持った患部に手を当てると辺りを見まわし、ソファに置いたままだった袋に目を留めた。 「それ……使っていいのかしら?」 「あ、うん……帰りに、先生が買ってくれたやつやから」 「ちょうどよかった。先週使い切っちゃって、湿布がなかったのよ」  手渡したドラッグストアの袋を覗き、彼女は湿布とテーピングを取り出す。保険医と大差ない手際で足首を固定し始めた彼女の声は、いつもよりずっと刺々しい。 「学校から連絡ひとつなかったけど、どういうこと?」 「や、仕事中やし、せんでいいって俺が言うて……」 「しなきゃいけないに決まってるでしょ。どうやって帰って来たの」 「樋口……っていう、せんせに送ってもろた」 「馬鹿ね……」  言いながら、あかりは処置を終えた足首を、自分が怪我をしたかのように痛そうな顔で撫でている。その姿は、育ててくれた亡き祖母の手つきと、とてもよく似ていた。 「こんなに腫れて……痛かったでしょ。転んだの?」 「まあ……ちょっと階段から落ちて」 「かっ……!? 他に痛いところは? 頭は打ってない? 気分は?」  予想以上の剣幕で訊ねられ、たじたじになった五十里谷は咄嗟に首を振る。 「大丈夫、保険のせんせが診てくれたし、頭は打ってへん」 「ならいいけど……いえ、よくないわ。明日朝一で病院に連れて行くからね」 「一人で行けるし、ええで。仕事半休なってまうやん」 「我が子より大事な仕事なんてこの世にないわ」  まるでそれが正義だと言わんばかりに堂々と吐き捨てるものだから、五十里谷は唖然としていた。そんな「息子」を見上げ、彼女は切なげに目尻を垂れ下げる。 「放っておけるわけないじゃない」 「うん……ごめんな」 「違うわ。私がしたくて心配してるのよ。謝るのは……私のほうなの」  何故彼女が謝るのか、五十里谷には全くピンとこない。 「俺、なんもされてへん。いっつも感謝しとんねん。こんなでかいのん引き取ってくれて……後悔さしてもてるやろなって、逆に申し訳ないし……」 「そうね。後悔なら、ずっとしてたわ」  適切な切り返しが思いつかず、開きかけた口を閉じる。ごめん、なんて陳腐な謝罪だけでは埋めようのない罪悪感だ。  しかしあかりは五十里谷の膝を軽く叩き、逸れていく視線を自分へ誘う。 「どうしてもっと早く、あなたを引き取らなかったのか……ずっと、後悔してきた」 「……え?」 「兄さんはあんな人だから、子育てなんてできないって知ってた。母さんも歳だし、それなら私が引き取ろう、家族になろうって。でも……どうしても今の仕事を捨てることはできなくて、……俊が転校しなきゃいけなくなるとか、母さんが一人になるからとか、色んな言い訳をして……結局、二人が死んでしまうまで踏ん切りがつかなかった」  ごめんね、とか細い声が震えている。凛とした大人の女性であるあかりが、今や弱々しくその瞳を潤ませていた。 「迷わず仕事を捨てて実家に帰っていたら、あなたの都合を無視して転校させていたら……俊は、つらい目に遭わずに済んだのにって、今も後悔してる」 「……それは、あかりさんのせいと、ちゃう」 「誰のせいかは、もういいの。私が私を許せないだけよ」  滲んだ涙がこぼれる前に、あかりは指先でそれを拭う。軽く上を向いて鼻をすすると、いつも通りのさっぱりとした笑みを見せた。 「兄さんも、兄さんにばかり甘い母さんも、躊躇ってばかりの私も、駄目な大人ばかりよね。なのに俊は、ビックリするほどいい子に育ってた」  あかりは「手がかからなすぎて、寂しいくらいなのよ」と声を上げて笑う。そして項垂れる五十里谷の手を取り、そっと包みこんだ。 「ねえ俊、ずっと言おうと思っていたんだけど……家族になりましょうよ。遠慮し合うのも、なくしていきたいの」 「家族って……それはこれから先、あかりさんが自分のん作っていかな」 「ううん、俊もよ。私はそのつもりで、あなたを引き取ったんだから」  嬉しい、という感情に満たされ、まだケーキを食べてもいないのに胸ヤケを起こしているかのようだった。ほんの少し踏み出しただけで、よもや彼女の胸の内をここまで知ることができるとは思っていなかった。それは同時に、あかり自身も踏みこむタイミングを窺っていたからなのだろう。 「急には難しくても、ちょっとずつでいいの。学校のこととか、友達のこととか……好きな子の話も、将来の夢も、食事のリクエストだって聞いてみたい。無理にいい子になろうとしないで。遅めの反抗期だって、大歓迎よ」  あかりに取られていない手で、目元を覆う。どうにも気恥ずかしくて、彼女を直視できなかった。 「ほな、あかりさんは……」 「うん?」 「仕事の話とか……しんどいとき、晩飯しといてほしいとか、そういう……しょうもないこと、言うてくれるん?」  指の間から、チラリとあかりを覗き見る。  夜だからか、掠れて短くなった眉尻を下げ、彼女はふんわりと笑っていた。 「当たり前でしょ、家族なんだから」  自意識過剰なんだよ、クソガキ。  そう言った男の声が、妙に優しく胸に響いた。
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