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祭り囃子の夜
『夏休みが近づいてくる頃には、無を装っていた私の心境も随分変化していたように思います。強引なあなたがポンポン放つ悪態に感化されて踏み出した足は、思いのほか硬い地面が、しっかりと受け止めてくれていました。
何をそんなに怯えていたんだろう。どうなりたくて立ち止まっていたんだろう。目が覚めたような気分で、踏み外さないように足元を確かめながら、着実に歩き始めていました。それが、そうできることが、嬉しくて、嬉しくて、仕方ありませんでした。
ですから、前が見えていなかったのでしょうね。下ばかり見ていたから、目前にまで迫った壁に、ぶつかるまで気づかずに――――』
放課後のチャイムが鳴ると同時に、出席簿で自分を扇いでいた担任が「週末の間に課題は終わらせるように」と言い残して教室を出て行った。その声は暑さのせいか力無く、開け放した窓から飛びこんでくる蝉の合唱より小さい。
夏の地獄席である窓側一番後ろの席で、五十里谷は欠伸をこぼす。直射日光を浴び続けている左半身は今日も溶けそうに暑いが、風が刺すように冷えこむ冬に比べたら余程天国だ。ざわつく教室内を眺めていると、大人しい女子生徒が「バイバイ」と手を振り教室を出ていく。以前声をかけてくれた彼女には丁寧に事情の説明と謝罪をして以降、挨拶を交わす仲になった。振り返した手を下ろし、能天気に思考を散らす。
今日は樋口のところへ行こうか、やめようか。いや、行こう。再来週の学期末テストに向け、月曜からは職員室はもちろん、準備室も立ち入り禁止になってしまう。ギリギリまで顔を見ておかなければ、期間中に樋口欠乏症でも発症したら大変だ。
手足が震え、乱暴な悪態の幻聴が聞こえて、準備室にストックされたオレンジジュースしか身体が受けつけなくなるかもしれない。どれほど準備室が散らかっているのかと、毎夜悪夢に魘されて勉強どころではなくなるかもしれない。
本人が聞けば微妙な顔をしそうな妄想を繰り広げ、机の中から教科書類をカバンへしまっていく。そうこうしていると、後方扉から誰かが明るく五十里谷を呼んだ。
「俊介ー、帰ろ」
見ると、呑気な笑顔で河野が手を振っている。背後には横井との一件が起きるまでつるんでいた友人、鳩山と水川もいた。
メッセージのやり取りをきっかけに、五十里谷は彼らと昼食を共にするようになった。クラスが離れているため短い時間ではあるが、最初はぎこちなかった会話も、回数を重ねる内に以前のように自然と交わせているように思う。下校時の誘いは懐かしく、まるで転校してきたばかりの頃に戻ったみたいだ。
席を立ち、扉へ向かう。突き刺さる横井の視線には気づいていたが、河野たちの勇気も、自分の出せた答えも無駄にしたくはない。だから気にしない。どうせなら貫き通せるくらい強くあれ。日々、五十里谷が自分に言い聞かせているバリアの呪文だ。
「今日部活見に行く言うてへんかった?」
「そのつもりだったんだけど、顧問に勉強しろって出禁にされてさ……」
運動音痴のくせにスポーツ好きな河野は、サッカー部のマネージャーをしていた。先日の大会で予選敗退した三年は引退したが、部員数に対しマネージャーの数が少ないため頻繁に部活へ顔を出している。とはいえ、顧問の言い分はごもっともだ。
「そらしゃあないな」
「で、どうせなら遊んで帰ろうぜってなったわけ」
「五十里谷も行くよな?」
河野の肩越しに五十里谷を誘う鳩山と水川は、まるで既にOKをもらったかのように「なんか食う?」「とりあえず腹に溜まるやつ」などと好き勝手話している。わりと天然の入った河野と、調子に乗りやすい鳩山水川のコンビはツッコミどころが多く、いつも軌道修正に忙しかったことを近頃身体が思い出してきたところだ。
「アホか、河野やないけど勉強優先やろ」
「出た、俊介のお母さん」
「こんなでかいオカンおらんわ。ゆーて、俺今日は無理やわ、ゴメンな」
えー、と賑やかな三人をうまく言いくるめ、別れてから社会科準備室へ向かう。
いつもより散らかっている部屋を慣れた手つきで片づけ、休憩と称して五十里谷はオレンジジュースを、樋口は珈琲を、近頃はソファで隣り合って飲む。同量の水を飲ませるようにしているおかげで、彼が暑さと水分不足でグッタリと伏せることも減った。元気な分、お小言は増えているが。
「お前、もうすぐ期末だぞわかってんのか。こんなとこで油売ってる暇ねえぞ」
「大丈夫。俺毎日コツコツ勉強するタイプやから」
「クソ難しい問題作ってやろうか」
「職権乱用やし……そもそも担当学年ちゃうやん……」
そうだった、みたいな顔で缶に口をつけるから、笑ってしまいそうになって唇を引き結ぶ。あまりからかうと拗ねて無口キャラに変貌することがあるからだ。そんなときでも話しかければ短く返答してくるのだから、彼と過ごす時間はちっとも飽きがこない。
ぬるくて爽やかさが微塵もないオレンジジュースを口内で転がし、飲みこむ。これもまだまだ飽きのこない味だ。
「なあなあ、せんせ。夏休みの間って何しとん?」
「仕事に決まってんだろ」
「そらまあ、わかっとるけど。授業ないやん?」
「教師の仕事が授業だけだと思うなよ……」
純粋な疑問だったのだが、理不尽に苛立ちを返される。余程嫌なことでもあるのだろうか。
「例えば?」
「休み明けの準備。アホ共の補習。繁華街の見まわり当番。部活。その他諸々」
ふうん、と聞き流しかけ、ギョッとする。今、樋口とは線で繋がらない仕事内容が聞こえたはずだ。
「せんせ、どっかの顧問やっとったん……?」
すると男が今日一番の深さで眉間に皺を寄せ、大層不満そうに呟く。
「女テニの副顧問だ。なめんなよ」
「別になめてへんけど、いっつも出てないやん、ここおるやん」
「役に立たねえから無理すんなって顧問に言われてんだよ。けど、顧問が休むときだけしゃあなし出てる」
「テニスやったことあるん?」
「あるわけねえだろ。あんな強烈な日差しの下で走ったら死ぬわ冗談抜きで」
まだそれほど年寄りではないはずだが、すっかりインドアな発言だ。しかし確かに、不健康そうな色白の樋口が炎天下で運動すれば、焦げて倒れても不思議じゃない。焼けて赤くなった肌を手ずから冷やしてやりたい、と考えてしまった五十里谷は、そこに交じる下心を掻き消すように首を振った。
あかりや河野たちとの関係を改善するにつれ、すっかり消え失せていた心の余裕も戻りつつある。ついでに煩悩を思い出している自分には、現金すぎて少し呆れていた。初めてこの部屋へ入った日、よく半裸の樋口を前にして何も感じなかったな、と正気を疑ってしまうほどに。
青白い肌と、控えめな大きさの乳首を思い出してはムラムラする自分ごと、黙らせるように話題を変えた。
「俺はなあ、短期バイトすんねん」
すると男はすかさず「はあ?」と目を見張る。
「お前、高三の夏休みなんか勉強三昧じゃねえのかよ。よほど受かる自信あんだな」
「俺進学せんで」
「はあ?」
本日二度目の疑問符は、一度目よりも刺々しい。
「なんでだよ、お前頭いいだろ」
「進学してまでやりたいことないし。せやったら、はよ働いて保護者に恩返ししたいやん」
大学なり専門学校なり、行けば高校とは桁違いの金銭的負担を強いることとなる。目標があるならともかく、「ただなんとなく」で通うくらいなら、「ただなんとなく」就職した会社で日々働いて金を稼ぐほうがよっぽど有意義だ。
「高卒くらいは持っとけって言われたから高校入ったけど、大学はもうええかなーって」
亡き祖母には「いずれ嫁や子どもを養う立場なんだから」と言われていたが、五十里谷が嫁をもらう日はこない。恩返しをしつつ、それなりの生活が送れれば文句はないのだ。
しかし樋口はわざとらしく深い溜め息を吐き、呆れ顔を隠しもせずソファへ背を預ける。だらりと後頭部を背もたれへ乗せるわりに、横目に五十里谷を見る視線だけは真面目だ。
「アホか、だったらなおのこと進学しとけ。後からでも大検は取れるだろうが、現役じゃねえと体験できねえもんも多い」
「せんせが教師みたいなこと言う……」
「やりてえことが見つかったとき、選択肢が減ってて困んのはお前なんだよ。今はわかんねえだろうけど、いつか絶対俺の言ってることの意味理解すっから。そんときのお前に後悔させたくねえ」
疑いようもなく五十里谷を思いやって諭しにくるから、茶化すわけにもいかず頷く。正直に言えば自分に将来やりたいことが見つかるとも思えないが、樋口に「後悔させたくない」とまで言わせて突っぱねられるはずがなかった。
返事に困って口を噤むと、男の手が五十里谷の頭へ乗る。軽く俯いたまま、そこをポン、ポン、と叩かれると頭が浮いたり沈んだり忙しい。色褪せたソファの黒を見つめる五十里谷は、密かに驚いていた。
「ま、バイト自体は反対しねえよ。色々と外の世界見れんだろうし。けど自分の将来決めつけんな。わあったか?」
最後にくしゃ、と髪を撫ぜまわした手が離れ、漸く顔を上げる。子ども扱いされているようでモヤモヤするのは否めないが、樋口から不必要なタイミングで触られたのは初めてだ。捻挫した生徒を運ぶときはともかく、以前熱を測ろうとしたときは大袈裟にビクついていた。あの日より、気を許してくれているのだろうか。そう思えば嬉しい。
「……せんせが言うんやったら、もうちょい保留にしてもええかなあ」
「あんま時間ねえぞ。お前の成績だととんでもないレベルでもない限り、どこでも行けるだろうけどな……」
一度は離れていった手が、またもや五十里谷の頭をクシャクシャと撫でる。心なしか頭を下げてしまった五十里谷は自分の反応に羞恥を覚えつつも、猫や犬が主人に撫でられると心地よさそうな顔をする理由がわかった気がした。これはいい。子ども扱いでもペット扱いでも、可愛がられている感が半端ない。
「んーふーふー」
「なんだお前、気色悪い」
「なあなあ、せんせ。携帯の番号教えて?」
気味悪がって手を引いた樋口は、五十里谷の輝く上目遣いに首を振る。
「嫌」
「ええっ、なんでなん」
「電話する理由がねえ。俺先生、お前生徒、オーケー?」
それを言われてしまうと元も子もなく、ぐううと口ごもる。しかしここは論破して番号を奪取しておかないと、長い夏休みの間に干からびてミイラになってしまう。五十里谷にとって樋口とは、教師という枠を超えて純粋に「癒し」なのだ。多少の煩悩が混じるのは健全な男子高校生なのだから許してほしい。
「理由やったらあるって」
「何」
「俺、バイト目一杯入る予定やし、あんまここ来られへん。補習もないし……部活やってないし。やからな、せんせが夏バテで倒れてへんか、ちょいちょい確認しやなアカンやん」
「何様だお前……」
「な、お願い。教えてえな。電話嫌やったらメールかメッセにするから」
バチンと両手を合わせ、子どもらしく強引にごり押ししていく。悲しげに眉を下げる可愛さアピールはギリギリアウトかと内心焦っていたが、うっと息を詰めて目を泳がせる樋口には案外効いているようだった。
「お前な、その泣きそうな顔やめろ」
「なあ、お願い……どうしてもアカン?」
「……」
実際に一カ月以上樋口に会えないことを想像したら、寂しさでじんわりと涙が滲む。それが駄目押しとなったのか、樋口は溜め息を吐きながら携帯を出して五十里谷へ渡した。
「どうせするなら電話にしろ。メールやら手紙は好きじゃねえ」
「そうする! ありがとう!」
受け取った携帯を操作し、自分の携帯と連絡先を交換する。ニヤニヤとだらしない顔の五十里谷を横目に、樋口は連絡先の増えた自分の携帯を受け取って「ガキ怖えわー」と呟いていた。
期末試験では安定した高得点を叩き出し、夏休みになると初めてのバイトに精を出す日々が始まった。あかりは少し心配そうだったが、「いい経験になればいいわね」と賛成してくれている。勤務先に選んだのは、高校からも家からも数駅離れた街のレンタルDVDショップだ。
仕事内容は社員と常駐バイトの手伝いや雑用、返却作業などの体力仕事がメインとなっている。身体を動かすのが好きな五十里谷は真面目に取り組み、他のスタッフともいい関係を築けていた。
「五十里谷君、これ洋画のホラー棚ね」
「わかりました」
大量の返却後DVDディスクを、左手と伸ばした腕で支えるように積み上げる。こうすれば右手が自由になり、何度もレジと棚を往復せずに済むのだと教えてくれた先輩は、五十里谷より多くのディスクを抱えてアクション棚へと向かっていった。
「ホラー、ホラー……うわえっぐ」
店内でも奥まった位置にある、洋物特有のスプラッター系パッケージが溢れかえった棚へやってきて、なんとなく居心地の悪さを感じながらディスクを戻していく。このときパッケージの背面を見て、面白そうな映画を発掘するのがバイト中の楽しみだ。
順調に作業をしていると、すぐ背後にある成人コーナーから客が暖簾をくぐって出てくる。なるべく顔を見ないよう配慮する五十里谷は振り返らないが、客は斜め後ろで立ち止まり、声をかけてきた。
「すいませーん、今日入荷のやつ……」
「はい?」
振り返り、顔を見た途端「あ」と間抜けな声が出た。しかしそれは客も同様で、五十里谷を信じられないと言わんばかりの表情で見つめ返している。何故、こんなところに。五十里谷と客――横井の考えていることは同じだったろう。
「お前……」
唖然と呟く唇が、見慣れた角度に歪む。五十里谷を詰り、小馬鹿にするときの形だ。
「店員さん、オススメのAV教えてよ」
「……恐れ入ります、お客様の年齢は」
「十八だけど? 誕生日過ぎてますけど? 店員さんだって見るだろ?」
思わず眉を寄せると、横井は楽しそうに追い打ちをかけてくる。
「あーごめん、そもそも女に興味ないもんな? やっぱゲイビでしか抜けないの?」
予想通りのオチだ。五十里谷は左腕に抱えたディスクが倒れないよう押さえ、横井をじっと見つめ返した。
以前なら、口を閉ざして一過性の嵐が過ぎ去るのをただ待っただろう。けれど今は、言われっぱなしで諦める気にならなかった。
「なあ、そのネタ飽きひんの?」
「は?」
冷めきった声も、どうってことはない。彼が何を言おうと、何をしようと、離れていかない友人や家族、そして教師が自分にはついてくれていると知ったからだ。
「ずっとそのネタで絡んできよるけど、横井って暇なん?」
言った途端、横井は五十里谷の持つディスクタワーを手で薙ぎ払う。「あっ」と反応できたときには喧しい落下音が響き、床へそれらが散乱していた。
「っおい、商品やぞ!」
「うるっせえんだよホモ野郎」
今までにない強烈な睨みと直接的な侮辱を残し、横井は踵を返し去っていく。音を聞きつけてやってきた店員と肩がぶつかっても、通路の中央を我が道かのように練り歩いていった。
「五十里谷くん、大丈夫?」
「大丈夫です、すいません。こっちはええんで」
心配そうな先輩バイトに愛想笑いを返し、仕方なく一人しゃがみこんでディスクを拾う。
「なんなんや、あいつ……」
男同士でキスしていたことを、面白おかしくいじめの理由にしているにしては彼だけがしつこい。そして、あの憎しみがこもった視線はなんなのだろう。何故こうまで横井が自分を目の敵にするのか、五十里谷は不思議でならなかった。
横井との遭遇は憂鬱なハプニングだったが、それ以降は特に問題が起きるでもなく、夏休みも終盤のある日曜日。
夕方から予定のある五十里谷は、リビングであかりと共に午後を過ごしていた。何を話すでもないが、同じ空間にいても気まずくはならない。あかりはあまりペラペラと余計なことを話すタイプの女性ではないようで、今までは気を遣って話しかけてくれていたのだな、と悟ってからは五十里谷も無理に話題を探さなくなった。
「俊……ごめん、珈琲淹れてくれない……?」
ソファで携帯片手にテレビを見ているところへ、死にそうな声であかりが注文を入れてくる。右手に位置するダイニングテーブルを見れば、持ち帰った仕事をしていた彼女がノートパソコンへと伏せていた。昼食後から約三時間、さすがに集中力も限界のようだ。
「おう、ちょお待ってな」
「すっごく濃いのにして……」
「普通のんな。また胃、痛なるで」
うう、うう、と泣き真似をするあかりを適当に窘めつつ、ドリップした珈琲を差し出す。嬉しそうに苦い汁を飲む姿は樋口と違って素直だが、ほっと溜め息を吐く仕草は同じだった。
「そんなに仕事忙しいん?」
「そうね、先月退職した子の分が……あ、でも新しい人が入ったから、すぐ落ち着くと思うわ」
「へー、じゃあ部下増えるんや」
「ええ。前までこっちに棲んでたみたいで、最近戻ってきたらしいわ。覚えがよくて助かってるのよ」
管理職の気苦労がどれほどのものか、学生の五十里谷にはわからない。どうか彼女が休日を休日らしく過ごせるよう、中途採用された新しい部下が早く仕事を覚えてくれることを願うばかりだ。
「俊はこれからお祭りに行くんだったわね?」
「ん。四時くらいに出よか思とる」
自分用に淹れた砂糖ミルクたっぷりの甘いカフェオレを啜り、片手間に携帯を開く。すると待ち望んでいた人物からの返事があり、マグカップに触れたままの唇がニヤついた。
目敏いあかりが、ニンマリとした口元を手で隠す。
「あらなあに? もしかして彼女と?」
「えっ、いや、ちゃうって」
「嬉しそうな顔しちゃって。あかりちゃんに話してごらん?」
「勘弁してえな……ホンマちゃうから」
そそくさとソファへ戻る五十里谷を、あかりは追及しない。だが生暖かい微笑みと視線が突き刺さっているのは感じていた。
そもそもメッセージの送信者は樋口だ。夏祭りに行くのだと昼前に送ったメッセージに、漸く『だから電話にしろって。まあ羽目外して怪我すんなよ』と返ってきただけのこと。
夏休みに入ってから数日おきに行う生存確認の電話を、数度に一度メッセージへ変えてみるのがこれまた楽しい。絵文字や顔文字を使わない彼は、文字だけのメッセージが人にキツい印象を与えることを知って苦手になったそうだ。それでも律儀に返信をくれるから癒される。どんな顔で文字を打っているのか、と考えると胸が弾んだ。
そのとき、あかりが「あ」と何かを思い出したように声を上げる。今度は何かと見れば、キッチンカウンターへ置きっぱなしにしている財布を手に取っているところだった。
「そうそう、帰りにカステラ買ってきてくれない? 私あれ好きなのよ」
「ええよ」
「じゃあお願いね」
彼女が財布から抜いて差し出してきた五枚の千円札を見て、五十里谷は首を振る。
「そんなようさん食うたら腹壊すで……?」
「違うわよ、お小遣い」
「毎月くれとるやん。大丈夫」
今は例外として、高校に通わせてもらっている間は学業を優先するためバイトをしていない。だから毎月あかりから決まった額の小遣いをもらっているのだが、普段使うこともなく浪費癖もないから貯めこんでいるし、わざわざ追加で受け取る理由もなかった。しかしあかりは「たまにはいいでしょ」と鼻息荒く続ける。
「学生の内は遊ぶお金くらい、親にねだるものなのよ。楽しんでいらっしゃい。……彼女にかっこいいとこも見せたいじゃない?」
あかりの中で、五十里谷は完全に祭りデートをすることになっているようだ。全く違うが、十中八九、否定しても別の理由で渡そうとしてくるだろう。だったら土産を多めに持ち帰り、彼女に祭り気分を味わってもらうのも悪くはない。りんご飴に綿あめなど、あかりが喜びそうなものはいくらでもある。
「ほな、ありがたく」
五十里谷は小遣いを受け取って、時間に間に合うよう家を出た。
高校からほど近い場所での祭りということもあり、待ち合わせ場所は神社前の鳥居付近に決めている。もちろん待っているのは彼女ではなく、河野、鳩山、水川だ。約束の時間より五分早く到着したものの、既に三人から到着のスタンプが送られてきている。人混みの中で友人らを探していると、神社へ続く階段の手前で、予想だにしない人物が一緒にいるのを見つけてしまった。
「……?」
屋台の明かりで眩しい中、不自然さに眉を寄せて近づいていく。段差に腰かけている三人は各々が興味なさげにそっぽを向いているが――その前に立つ横井の横顔は、無防備に眠る獲物を見つけた肉食動物のように優位を味わっていた。嫌な予感がする。
「おい」
「っあ、俊介……」
「へえ?」
こちらに気づいた四人の内、笑みを浮かべているのは横井ただ一人だ。河野は小さく首を振り、何かを訴えてくる。なんとなく「来るな」と言われている予感はしたが、どう見ても不穏な空気の中に、友人を放置する気にはならなかった。
「何しとん」
「やっぱお前も一緒なんだ。そうだと思った」
横井は完全に、玩具を前にした子どもの表情だ。バイト先で向けられた、底冷えするような憎しみはそこにない。あの日のことを蒸し返すつもりもないようだ。
「せやったら、なんなん? 用事?」
構えていた五十里谷が拍子抜けしているところに、辛辣な言葉が降り注ぐ。
「心配して言ってやってたんだよ。ホモといたら、お前らもホモになるぞって。いつも言ってやってんのにさ、まだわかんないみたいだから」
わざとらしい同情を演出する横井は、肩を竦めている。今更そんな仕草や差別用語に対して過剰反応しないが、五十里谷にとって聞き逃せないワードがあった。
いつも、とはどういう意味だ。
「お前……俺だけやのうて、こいつらにも絡んどん」
「絡むとか人聞き悪くない? 親切で言ってやってんのに。なあ?」
話を振られた河野が、まさに「知られたくなかった」と言わんばかりに顔を歪めて目を逸らす。鳩山と水川は無表情を保っているが、嘘をつけない河野の反応があれば大体の事情はわかった。彼らへ背を向けるように身体を割りこませ、横井と向き合う。無駄に大きく育った身体だ。こんなときに使わずして、いつ使えというのか。
「俺に言うてくんのはええけど、こいつら関係ないやん。ええ加減にしてくれん?」
「何、こっわ。人の好意無視するとか、どんな育て方されたんだよ」
「……なんて?」
「親の顔が見てみたいな。まさか……親も異常だったりして?」
賑やかな人の声も、どこからともなく聞こえる祭り囃子も、全てが遠のく。五十里谷の耳には、カラリと渇いた横井の笑い声だけが木霊した。
沸々とした怒りが、腹の底で大口を開け、内臓を食い潰していく。そこに宿る常識論や理性もまとめて丸呑みにし、残ったのは純粋で、暴力的な衝動だった。
「おい……」
背後にいたはずの河野が、心配そうに何かを呟いて腕に触れた。オロオロとしている鳩山と水川も視界の端にいる。だが五十里谷は、徐々に青褪めていく横井だけを見ていた。いや、彼のことしか、今は見る余裕がなかった。
「誰が異常やて?」
「な、なんだよ、いきなり」
「誰が異常やて訊いたんや」
男の胸倉を掴み、鼻先が触れそうなほどまで引き寄せる。横井がか細い悲鳴を上げることすら腹立たしい。
人の悪意は、怖いだろう。やめてくれと叫びたいだろう。そんな思いを、お前は人にさせてきたんじゃないのか。
「ええ加減にせえよ」
躊躇はなかった。淀み、濁りきった感情は、激情の発散どころを求めて暴れ狂う。
「お前に、お前が、そこまで言うて許される権利なんか、どこにもないやろが……ッ!」
「待っ、俊介!」
振り上げた右腕を、河野がしがみつくように止める。反対の腕は水川に取られ、自由になった横井を逃がしたのは鳩山だった。呻き、反射的に追いかけようと身体を動かすが、両腕を広げて立ちはだかる鳩山のせいで足を踏み出せない。
「どけや鳩山、あいつ許さんッ!」
「五十里谷、落ち着け」
「無理じゃ、気い済まへん!」
「殴ったら俊介が悪者になるだろ!」
右腕に縋る河野が必死に叫んでいる。次いでグスッと鼻を鳴らす音が聞こえ、一瞬にして頭が冷えた。手のひらに爪が刺さるほど握りしめていた拳が、だらりと落ちる。
愕然とした。ゾッとした。自分が何をしようとしていたのか、考えるだけで吐きそうだ。
「……ゴメン」
「俊介……?」
怒りよりも、情けなさのほうがずっと上だ。両腕から離れた河野と水川、それから目の前にいる鳩山へ項垂れるように頭を下げる。
「俺のせいで、ホンマ……ゴメンな」
「っおい、五十里谷!?」
鳩山の肩を押し退け、神社と反対方向に駆け出す。どこへ向かうかなど考えていないが、これ以上「異常」な自分を、彼らに見られたくはない。ただ遠く、善良な友人たちの前から逃げたかった。
暫く走ると見知らぬ住宅街の中にいて、歩きまわってみると寂れた公園を見つける。祭りのせいか時間のせいか人はおらず、崩れ落ちるようにガタつくベンチへ腰を下ろした。不規則に点いたり消えたりを繰り返す明かりの下で頭を抱える姿は、第三者が見れば相当おかしな光景だろう。
「なんでこうなんねん……」
河野たちの好意に甘え、以前のような友人に戻ろうとしていた。うまくいっていると思っていた。だが違う。気づかなかっただけで、彼らが口を閉ざしていただけで、心ない言葉を浴びせられていたのだ。能天気に、前へ進めていると勘違いしている五十里谷のせいで。
それでも横井に対しての怒りは、我慢しなければいけなかった。彼が何を言っても、何をしても、手を出していい理由にはならない。暴力で黙らせようとするなんて、五十里谷が最も嫌悪している行為だったはずなのだ。
鳴り続いていた携帯が静かになり、どこかの家で飼われている犬の遠吠えが耳につく。頭を上げた五十里谷は、静まり返った公園内を無気力に眺め、沈黙した携帯をポケットから取り出した。
案の定、河野たちから入れ代わり立ち代わり着信が入っている。心配をかけているのは理解しているが、取れるはずもない。どんなトーンで何を言えばいいのかがさっぱりわからないし、平然と「ただいま」と頬を掻いて戻るわけにもいかなかった。
では、自分はどうすればいいのか、教えてくれる誰かを求めていた。踏み出した足を上げたまま迷わせ、転ばないよう冷や汗をかいているような焦りに見舞われる。
「……せんせ」
しっちゃかめっちゃかな頭の中にいたのは、樋口ただ一人だった。とにかく声が聞きたくて、急いで男の番号をコールする。何を話すかは、いつも中々電話口に出ない男を待つ間に考えればいい。
しかし今日に限って、樋口は二回目のコール中に電話を取った。
『お前今どこだ』
「え? あ、公園やけど、え?」
『住宅街の?』
「そやけど」
藪から棒に一体なんなんだ。混乱する五十里谷はつい素直に答えていたが、意味を問う前に「そこにいろ」と言って通話を切られてしまう。待ち受け画面へ戻った端末を前に、呆然と首を捻った。
「なん?」
場所を訊かれたのだから、来るのだろうか。樋口が? 何故?
疑問ばかりが浮かんで答えがない。あまりに意味がわからず、ずるりと尻を滑らせて固い背もたれへ首裏を乗せる。痛くて寛げそうにない。しかしたった十秒ほどの会話だけで、社会科準備室並みに散らかった心が少し落ち着きを取り戻せているのは確かだった。
これからどうしよう。とにかく河野たちの元へ帰り、謝り直して、楽しい祭りの予定をぶち壊してしまったお詫びをしたほうがいいだろうか、いやでも公園にいろと樋口に言われたばかりだ。
ボンヤリと外灯を見上げて考えていると、走る足音が聞こえてくる。なんの気なしに公園の入り口へ顔を向けた五十里谷は、衝撃の光景に思わず飛び起きた。
「っなん、せんせ!?」
なんと樋口が、駆け足でこちらに向かってくるではないか。どうして彼がここにいるのか、という驚きよりも、腕を振って走っている姿が衝撃的だ。可能な限り動きたくないとは本人の弁だが、夏に入ってからは必要以上にエネルギーを消費しないためかズボラに磨きがかかっていたというのに。
男はベンチまでやってくると、膝に手をついて死にそうなほど息を切らしていた。
「……っと、見……た……」
「いやいや無理して喋らんで!? ちょっと待っといて!」
大丈夫かと訊くのも野暮な消耗っぷりに慌てた五十里谷は、公園入口にある自販機へ走り、水を買ってベンチへ戻った。
「せんせ、落ち着いたらこれ飲んで」
コクコクと頷く樋口を座らせ、薄っぺらい背中をひたすら撫でる。その内、やっと息が整った男は水分を摂取し、風呂に浸かった瞬間みたいに「ああああ」と呻いた。
「すまん、助かった」
「いや、それはええけど、なんでここにおるん」
「今日、あいつらと祭り行くって言ってただろうが」
半分ほど中身の残ったボトルを火照った首筋へ当てた樋口は、ゲッソリと疲労を匂わせながら口をへの字に歪ませる。
「二日と空けず顔見てたアホが元気かどうか、ちょっとくらい見に行ってやろうと思ったらおかしいか?」
「せんせめっちゃデレてくるやん……」
キュンとしている場合ではないのに、唐突に落とされた爆弾で場違いなときめきに襲われる。だが空気は固いまま、樋口の説明は続いた。
「そしたら鳥居んとこで騒いでる三人がいてな。まあ、大体の話は聞いた。したらタイミングよくお前から電話きたから」
樋口に会えた嬉しさが、すっと凍りついていく。知られたくなかったのだ。さっき、横井にしようとしたことを。五十里谷は頬を掻き、気まずさで言葉に迷う。
「なんか、ゴメンな……こんなか弱いせんせ走らせて」
「アホか、そこは言うな」
鋭いお叱りを最後に、二人は互いに口を閉ざした。
話を聞いた樋口は、もう自分を軽蔑してしまっただろうか。いや、だがここまで来てくれたということは、心配してくれているはずだ。だとしたら説明すべきだろうか。言い訳は通じるだろうか。再びグチャグチャに散らかってまとまらない思考を巡らせ、窺うように左隣を確かめる。
するとそこにいる樋口は、いつも通りのやる気ない目で、さっきの五十里谷同様、外灯を眺めているだけだった。デレンと無気力な横顔のおかげで張り詰めていた気が緩み、男の「目がチカチカすんな」という呟きに「あんま見んほうがええで」と返せるだけの余裕が戻ってくる。
落ち着いて考えればわかることだ。樋口は「言いたくないことは言うな」と教えてくれている。笑えるほど容易く、躊躇いは消えた。
「あんな、俺……親のこと言われんの、アカンねん。どうしても、我慢できひんかった」
口火を切れば、男は五十里谷に視線を向けないまま頷く。
「一緒に棲んでる叔母のことか?」
「んーん、父親」
これはこの世で、今やあかりと五十里谷だけが知っている秘密だ。誰にも言ったことはないし、一生、誰にも言うことはないと思っていた。
「そいつな、クズのシャブ中やってん」
さすがの樋口も驚いたのか、俯く五十里谷の横顔に視線が刺さる。けれど暫くすると「ん」と変わらぬ声が聞こえ、安堵した。
「母親は知らん。父親は俺をばあちゃんに預けて好き勝手しとった。気まぐれに引き取られて何回か一緒に暮らしたことあるけど……女コロコロ変わるし、普通の親やないとは思ててん。洗面所に転がっとる注射器とか、急に首絞められるとか、叩き起こされて殴られるとか、今やったらわかる違和感が、ようさんあってな」
通りかかったマンションを見上げ、ベランダからたくさんの人間が自分を監視しているのだと怯えてみたり、狂ったように甘い菓子パンを吐くまで食べてみたりと、挙げれば異常行動はキリがない。それでも親を無条件に慕う小学校低学年の頃は会えれば嬉しかったし、共に暮らせることを望んでいた。
「シャブやら傷害やら詐欺やらで捕まっては出所して、また捕まっての繰り返しや。その内、育ててくれたばあちゃんが病気でな……そっから父親と住んでたけど、高一んとき、ラリッて自殺してん。学校から帰ったら、部屋ん中で息してへん父親があった。そんで、こっちで引き取ってもろてん。他に頼れる親戚もおらんくて……や、探せばおるらしいけど、父親の行いのせいで縁切られとうみたいでな」
だから、あかりは一人で五十里谷の身の回りを綺麗に整えてくれた。養子縁組をして、遺品なども全て片づけ、次から次へと舞いこむ父親の負債を、自身と五十里谷が負わずに済むよう相続放棄の手続きもとってくれた。奔走する彼女に、ただ謝ることしかできなかったことが今でも心残りだ。
そしてあかりは、父親の遺体を発見した五十里谷が心に傷を負っていると思っている。だが本当は違うことを、彼女にも伝えられていないまま。
「俺、男しか好きになれん。死んだ親見つけても、やっと死んでくれたって思うような奴やねん。棺桶に入った父親がすぐそこにあるって思たら気持ち悪うて、しゃあなかった。それって、言いたないけど、やっぱ、普通とちゃうやん。やからな」
――努めて淡々と語る最中、左隣から伸びてきた腕が五十里谷を抱きしめた。汗と煙草の香りに包まれ、泣きそうになるのを必死で堪える。そう何度も、みっともなく泣く姿を見せたくはない。口元にある棒切れみたいに細い肘へ頬を寄せ、絞り出すように本音を紡ぐ。
「異常な親がこしらえた俺も、異常なんちゃうかって思うときがあるねん」
「ん」
「あんな人間にはならんって、そう思て生きてきたんや。せやのに、さっき殴りそうになった。自分のために人傷つけようとした。ほら俺も親と同類なんやんって、思てまう」
声が掠れた瞬間、樋口の腕の力が強くなった。むちゃくちゃな抱擁は苦しいくらいで、酷く落ち着く。五十里谷は俯いていた顔を上げ、身をよじって男に抱きついた。ずっと年上のはずなのに細く、自分より小柄な身体にしがみつく。血の繋がりがあるあかりにも、恋人だった河野にも、こんなふうに縋ることはできなかったのに。
「せんせ、俺普通やんな。変ちゃうやんな。異常やないやんなあ……っ?」
「当たり前だろ、ボケ」
迷いない返答が嬉しい。まだ汗で湿っている首元へ顔を埋めれば、付きまとう怖いものから少し遠ざかれたような気分になった。
「俺、あいつみたいになりたない。嫌や」
「じゃあなるな」
樋口の腕が緩み、離されることを嫌がる五十里谷の肩を押す。しかし男は距離を離すわけではなく、五十里谷の側頭部を両手でしっかりと掴み、爛々と生きた瞳で顔を覗きこんできた。
「お前は大事な奴守るために、当たり前に自分を犠牲にできるアホのままでいろ。誰に何言われても、その数千倍多く、俺がお前は普通だって教えてやっから」
震える唇を噛んだ。そうしないと、涙も嗚咽も決壊してしまいそうだったから。
「そんで、腹くくれ。ぜってえならねえって今決めろ」
「う、ん」
「そしたら情けねえお前の手くらい、どこにだって引いてってやる。お前らしくねえことしたら、ぶっ叩いて目え醒まさせてやる。お前が決めたなら、俺はぜってえお前を親父さんと同じにしないから」
「うん……っうん」
掴まれたままの頭を何度も縦に動かし、樋口の手を握って下ろす。「絶対ならん」と宣言すると、男は誇らしげに頷いた。
「よく言った」
ストレートな褒め言葉が鼓膜を震わせ、じんわりと体内の細胞へ染みていく。自らの快楽に生きた男から受け継いだDNAも、きっと樋口がくれる言葉と思いやりには勝てない。五十里谷はホッとして、男の肩へと顔を伏せた。
丸まった背を、樋口は文句も言わず抱きしめる。
「あいつら、お前が戻ってくんの待ってるぞ」
「……うん。せんせも行こ。イカ焼き奢って」
「しゃあねえ。今日だけな」
空気を換えるようにポンポンと背中を二度叩かれ、触れていられる時間の終わりを察する。本音を言えばもっと抱きしめていてほしかったが、そんな我儘は言えない。しぶしぶ離れて立ち上がると、樋口は隣でぐぐと背伸びをした。
「じゃ、行くか」
そう言って、自然に手を取られギョッとする。けれど何か言えば繋いだ手が解けてしまいそうで、黙って握り返した。汗ばんでいるせいで緊張しているのがバレそうだとは思ったが、自ら彼の手を離せるわけがなかった。
「なあ、せんせ。なんでそんな優しいしてくれるん」
「はあ? あー」
子どもを引率するように斜め前を歩く樋口は、間を置いて少し首を巡らせ、振り返る。
「先生だからな」
初めて見た自然な微笑みは、薄暗い夏の夜でも輝いて見えた。印象的な目元が柔らかく細められ、いつもは血色のあまりよくない唇が、運動後だからか赤みを帯びて綺麗な弧を描いている。本当に、あまりに綺麗で――物足りない。
ただの生徒ではいたくない。心の中で落胆する感情が何か、五十里谷はとうに知っていた。
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