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ヨキナ
「到着しました」
ヨキナと名乗った存在が、右の手のひらを優雅に広げた。修道女もどきの女は、ついてこなかったのだろうか。姿が見えない。
「ここは、どこなんですか」
「地球から少し離れた場所です」
「地球から離れた場所⁉」
「ご加減はどうですか。気分は悪くないですか」
「ご加減もなにも……」
こちらの質問を待つような穏やかな気配を漂わせ、ヨキナは静かにそこにいた。
「妻は、ここにいるのですか」
ひと呼吸ほどの間をおいて、声は返ってきた。「ええ、ここにいます。正確にはまだその領域に入り込んではいませんが」
「さっき会った人は、あ……さっき、だったのかな。なぜだろう、記憶がちょっと曖昧になっています」
「ええ、あなた方が言うところの時間にすれば、さっきになるはずです」
「地上から少し離れた場所だと言ってましたが、ここはさらに遠い場所なんでしょうか」
「いえ、さほど遠くはありません。後ろを見てください」
振り返り、窓から見えたものに思わず飛びのいた。
「そんな、馬鹿な……」
「いえ、あなたの目に写っているものは現実のものです」
「宇宙空間なんですか⁉ あの大きなものは──もしや、地球ですか」
「そうです」
「こんなところに、妻はいるのですか」
「いまはそうです。やがて、ほぼ地上に近いところへ移動します。あなたが先ほどいた場所は、高さ的にはどうでしょう──富士山ぐらいのはずです」
「そんなところにいたんですか。だったら地上から見えて騒ぎになりませんか。要するに宇宙船──UFOのようなものなんですよね」
「存在する次元が違うがゆえに、人の目には見えていません」
「次元? 存在するのに見えないんですか」
「ご存知のように、虫たちには見えている紫外線や赤外線は人間の目には映りません。人の心も見えません。空気もしかり。しかし、存在します。
人類の可視領域は極めて狭いのです。目に映るものは、ほんの少しです」
言われてみれば確かにそうだが……。
「お会いになりますね」
「会えるのですか」
「そのためにおいでになったのでしょう?」
「いえ、なんと言うか、その、もちろん会いたいし、会えれば嬉しいし、ずっと一緒にいたいけれど──私は会いに来たのではないような気がするのです」
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