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羊と狼と
俺はばけものだった
多分はじめは羊の子だった
けど母が死んで、俺は迷子の子になって
そこからみんながいるところからはぐれて
真っ暗闇に食べられた
俺はばけものになった
死んだはずなのに母のところに行けなかったんだぜ
ほどなくして俺の頭に角が生えた
それ変だねって羊の子に言われた
すすけた色の毛に、悲しい色の角
遠くを見つめていたやさしい目は
こんなにも爛々と光って餓えている
ああ、俺は腹が減った
あたたかい肉に触れたかった
でもそれができないことも知っていた
まともに愛されたことない動物は、同じ鳴き声が出せないんだ
飢えていた欲していた渇いていた満たされたかった
しかし誰かを傷つけるほうがよっぽど怖いから
俺は自分の口の中の肉や腕の肉を噛んで耐えていた
時折あの羊だった頃の
かすかに残る記憶を辿っていた
ああ、俺はあの人が好きだった
ばけものでさみしさしか知らない俺は、この記憶だけで生きている
初めて目があった
そいつは恐ろしかった
やわく静かに笑ってるのに
俺と同じ角が生えていて、目なんかひどく爛々としていて
そいつは俺より餓えていた
生まれながらにばけものだった
羊の皮をかぶった、恐ろしい狼
羊の群れからはぐれて暗闇で息を殺していた
この俺を
その眼で
見つけた
それからじっと
見つめていたのだ
全部ほしいと
そいつは眼の奥に俺を閉じ込める
俺は逃げられなかった
気がついたときには、喉笛に牙が添えられていた
こいつは逃がそうなんてはなはだ思ってもないだろう
俺は全部くれてやると言う
別にどうなったってよかった
殺されようが食われようがどうでもよかった
ただあの寒さから解放されるなら、安いと思った
それなのに
こともあろうか、寒さに震えた俺を
この恐ろしいばけものは
迷わず抱き締めた
生まれて初めて心臓に血液が通る
胸がぎゅってなって、苦しかった
愛などなくても
あの人にされたことがなくても
ばけものでも
何よりも求めていたそれを
なぜお前がもたらした
怖くなった
死ぬよりおそろしかった
知らなければよかった
心臓の音など
肉のあたたかさなど
なんでお前がそれを知っているのだ
ばけものが俺をじっと見つめる
俺もまたばけものをじっと見つめる
それで気づく
俺もお前も、恐ろしい角などなかったこと
狼でも羊でもなく
かといってばけものなんかじゃなくて
ただのにんげんであったこと
俺らは真っ暗闇にいただけで
ほんとうは何かを探していただけの同類だということ
なんだ
全然怖くもないし、へんてこでもなかったな
くだらない
俺はなんだか笑った
そいつはじっと俺を見つめたけど
ただあたりまえのことを知らないだけの無知なやつだった
少しずつ
知ればいいんだ
お前に教わったみたいに
少しずつ二人で教えあえばいいんだ
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