すべててにはいらないなら、ひとつもいらない

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すべててにはいらないなら、ひとつもいらない

誰かの詩 僕と目が合うとき お前はそっと目をそらす 僕がお前に触れるとき お前はさっと耳を赤くする 僕がお前の口許についたソースを指先でぬぐったとき お前は少しだけばつの悪そうな顔をする 僕がやさしく絆(ほだ)すとき お前は泣きながら僕にすがる 僕が寝ているお前の手をつなぐとき お前は安心してゆるく微笑む 僕がみんなからお前を隠すとき お前は困った顔をしながら、しかし僕のなかにその身を隠す 僕が取り乱したお前を押さえつけて抱き締めたとき お前は僕の胸のなかで滂沱(ぼうだ)の涙を流して慟哭を発す 僕がお前を犯すとき お前はすべての感情を溢れさせてよく乱れる 僕が見つめているお前が見つめているのはいつも過去 死の向こう側の荒野に立っている誰かを探している 僕はそれがなんだか気に入らないから、自分のものにしてしまいたくなる あの手この手でその魂を得ようと躍起になる やさしく笑うその頬を思い切り殴ったらどんな顔をするのだろ 突然手を出したらどんな風に啼くのだろ 笑わせてあげたら、どんな風に笑うのだろ お前に対する興味は尽きぬ お前は今、布団のなかで毛布にくるまってあえぐように泣いている くるしくてないている 僕はそれをじっと見つめている 人間の心を持たない僕は知らなかったのだ 心が動くということ 誰かを失うことが耐えられないということ お前の泣き顔を見るまでは お前は僕の手を引いて、隣を示した 僕はそれに従い、この死に損ないの生き物を強く抱き締めた この命はたいそう生きにくい精神をしている 僕が大事に育てて食べてあげようか そのきろきろ動く神経質で大きな目も、赤く染まりやすい耳も、唇も、涙も微笑みも、貧相な矮躯も、すべてすべて口のなかに入れてしまおうか そうすれば人を傷つけることなど知らないその無垢な魂はこれ以上傷つくことはない きっとお前はおいしいいのちだから、僕も一口で食べてしまうだろうな
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