鬼火

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鬼火

聞くところによると彼は鬼になっていた 人を八つ裂きにして食らい、火を放ったらしい それはそれは真っ青なほのおが立ったそうだ 見た者はみな、鬼を止めるのも忘れて間抜けに口を開き、そのほのおに魅入られたとのこと 彼らもみな平等に荼毘に臥す 世間様が育てた鬼の怒りに呑まれたのだ テレビラジオ新聞では恐ろしい形相の写真がでかでかと載っている 私だけこの能の面のように恐ろしい顔を見て、かつてのき弱い少年の面影を見つけてしまう しかし同情するには離れすぎた彼の背中 鬼になった彼は何に怒っているのだろうか 鬼になった彼は何に悲しんでいるのだろうか 意思のない亡霊ばかりが多いこの国で、反抗の精神を持った彼は暴れまわる たった一匹の鬼の夜行 何かを変えたかったのだろう しかし暴力に暴力で抗っても何も生まれぬ 悲しきほのおが立ち上るのみ ああ 煙が上がっている あれは鬼の涙なのだろう 天に向かって静かに泣いている 鬼は必ず、自らの心にあり それが人間 私は人間 彼も人間
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