一節 進むべき道は 結

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 レジーとの話に一区切り付いた後も、ヴィレとムートは店に残った。例の図面について、まだ話し足りないことがあったようだ。 「アンタもこの件は気になるでしょ。こっちで色々進めておくから、支部長さんにはなんか上手く報告しといてよ」 「適当すぎないか……?」  調査室に戻ったシエルたちは、今回の話をオーベルに報告した上で、改めてシエルの故郷への訪問と、微睡みの森の調査を申し出た。  目的は即ち、ゲオルグたちに先んじて“護聖の剣”を確保し、深奥の地で起きている異変を究明すること。  敵の狙う品をわざわざ手にすることも、危険の渦中に飛び込むことも、大きな危険を伴う選択だ。軽い気持ちで選んで良い択でないのも承知の上だ。それでも、その先に広がる可能性を鑑みれば、道は一つだった。 「これだけ込み入った話であれば、事前に報告して欲しかったがな」  報告を受けたオーベルはこれ以上ない程の呆れ顔をしたが、それでも申し出を了承してくれた。 「話は分かった。私も同行できるように予定を調整するから、数日中に発てるよう支度を整えておけ。計画書の提出も忘れるなよ」 「……はい!」  そうして仕事が終わり、シエルはルアと二人で町を歩いた。調査に向けて買い物をしたり、屋台で焼き魚を食べたり、大通りを寄り道したり――何気ない話題で笑い合うひと時は、この頃の忙しさを暫し忘れさせてくれた。  思えば、こうしてゆっくりと過ごすのも久しぶりだ。束の間の平穏を噛み締めながら、けれどシエルは、町の様子に違和感も覚えた。  アウロルの王国は夏を迎えた。王国の夏はあまり暑くもならないし、あっという間に過ぎ去る短い季節だが、実りの秋やその先の冬へと備える人々が町を行き交い、春先にも負けない活気で満ちる時期でもある。例年ならば宵時であろうとも賑わうのだが、今夏はどうもその流れが鈍く、人の往来も心なしか少ない。反対に、巡回の兵士は普段と比べて明らかに多い。  原因は、考えるまでもなかった。 「聖都を襲撃したって犯人は、まだ捕まってないんだろう? この町だって、本当に安全なのか?」 「ああ恐ろしい。これじゃあ怖くて外にも出られないわ」 「帝国の貴族が傭兵を集めているなんて噂もあるし、妙な怪物の出没だって収まってない。この状況、陛下はどうお考えなのやら」 「このままじゃ商売あがったりだ。もしも精霊祭まで潰れちまったらどうしたもんか……」  道行く人の会話に聞き耳を立てれば、端々で不安の声が漏れ出ていた。この状況では無理もないが、このまま不安の波が広がれば更なる混乱をも招きかねない。シャルロットたちも対策は練っているのだろうが、こんな状況で、自分が調査を優先しても良いのだろうか。  無意味な思索を繰り広げていると、不意に右隣のルアが疑問を零した。 「精霊祭って、冬のお祭り……だったよね?」  自信なさげな声色に、シエルは思わず瞬いた。ルアには経験の記憶がないのだから、未だ実感がないのも当然か。納得して、すぐに思考を切り替える。 「名前の通り、一年の終わりにあたる“精霊の節”の五日間に行う祭りだな。その年に得た恵みへの感謝や、新たな一年の豊作を願う祈りを歌や食べ物に込めて、精霊たちや大地に捧げる。王国の主要な祭りでも、規模は最大級なんだ」 「長くて厳しい冬の真ん中なのに、そんなに大きなお祭りを?」不思議そうに首を捻ったルアは、けれど少し考える仕草をして、微笑した。「ううん。だからこそ、なのかな」  つられて微笑んだシエルは、肩で寛ぐ小鳥をひと撫でした。 「大地に生きるいのちは皆、その恩寵を分かち合って生きている。厳しい冬の最中に祭りを催すのも、それを忘れないようにするためなのかもな」  尤も、そうやって祭りができるのは、今が平和な時代で、冬を越す蓄えにも余裕があるからだ。精霊祭に限ったことではなく、この国に在る人々の暮らしは、王国が護り続けてきた平和の上にこそ成り立っている。だからこそ、それを揺るがし脅かすゲオルグたちを野放しにはできない。シエルにできることがあるかは分からないけれど、それだけは確かなことだ。  シエルの話を聞いたルアはうんうんと頷いて、再び何事か考え込む仕草をする。どうしたのだろうと見守っていると、やがて少女はぽつりと零した。 「あのブローチは、レジーさんなりのヒントだったのかな」 「……?」  すぐにはピンとこなかった。ルアはシエルの顔を見て、やや躊躇うように視線を落とすと、ちょっぴり曖昧に微笑んだ。 「もちろん、ブローチの意味にはびっくりしたし、レジーさんのからかいだってことも分かってる。だけどそれだけじゃなくて、私がアウロルの常識を全然知らない事実を突きつけて、それを再認識させようとした……そんな意図も感じた、って言うか」 「それは流石に……ないとも言えないか」  彼女が普通ではない。その可能性はシエルも考えていたことであったし、恐らくは事実であるとも気付いていた。ただ、ずっと隣で見てきたからシエルだからこそ、どこか目を逸らし続けていた可能性でもあった。
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