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「私が普通じゃないこと、それと向き合う時が来ること。レジーさんは、私の覚悟を聞こうとしたのかな」
なんてね、と困ったような作り笑い。彼女とて、やはり不安なのだ。
「……それでも」シエルは短く訊ねた。「君は、進むつもりなんだよな」
「やっぱり私は、自分のことを知りたいから」頷いた少女は、小さく微笑んだ。「私が何者であったとしても、きみの隣で、きみと一緒に歩いていきたい。そんな未来を信じたいの」
どこかまだ心細そうな、けれど強い意志を宿した瞳に、シエルはそっと笑みを返す。
迷いがあるのは本当だ。不安があるのも嘘ではない。それでも彼女は、真実と向き合おうとしている。ならば隣を歩くパートナーとして、それを支えたい。支えなくてどうするんだ。
「当たり前だよ。俺にとって君は――」
「イチャイチャするのは良いんだが、もう暗いんだから気を付けろよー?」
突然の声に、シエルとルアは揃って飛び上がった。
「うわ、ランド。なんでここに」
悪戯っぽく笑う青年に文句を投げつけようとしたシエルは、けれどその傍らに佇む人影に気付き、瞠目した。
「……いや、待て。どうしてリオンさんに、アーロン将軍まで居るんだ?」
シエルとルアは顔を見合わせて、揃って首を捻った。ランドとリオンの二人だけならまだ分かるが、これはどういう組み合わせだろう。
「平たく言えば町案内さ」戸惑う二人に苦笑して、ランドはひょいと両手を持ち上げた。「街を見て回りたいって将軍の付き添いを任されたんだが、俺一人じゃ心許なくてね。博士にも手伝って貰ってんのよ」
「巻き込まれた私は迷惑している」
露骨に嫌そうな顔をしたリオンに苦笑すると、ふと胸元のブローチに目が留まる。
「どうかしたかね?」
「いえ、あはは」
シエルは咄嗟に誤魔化し笑顔を作った。いくら何でも、先の一件は話せる訳がない。ブローチを外套の裏側にしまっておいて良かった。
「ふうむ。一度ご挨拶をばと思っておりましたが、ここで出逢えるとは僥倖だ」
微妙に生まれた沈黙を破ったのは、それまで静かに佇んでいた老人――アーロンだった。一歩前に歩み出た彼は、恭しく一礼した。
「会議でも顔を合わせましたが、改めまして。某の自己紹介……は、今更不要でしょうか」
「あ、ええと、はい。お会いできて光栄です、アーロン将軍」
緊張に背筋を伸ばして、半ば見上げるような格好でシエルは訊ねた。「ですが、自分たちに挨拶……とは?」
先刻こそ同じ場に居合わせたものの、王国最強と謳われる老戦士はシエルたちにとって別世界の存在だ。それがいったい、シエルたちに何の用があるのだろう?
「牧場の件ですよ」シエルの疑問を見抜いたように、老人は微笑した。「既にお伝えした通りですが、牧場に住まう貴殿のご家族は、某がお守り致します。町を離れるのは不安もありましょうが、憂いはこちらで断っておきますので、どうかご安心なされよ――と、それをお伝えしたかったのです」
「あ……ああ」つい間の抜けた声が漏れた。思い返せばそんな話になったのだった。先刻聞いたばかりの話だのに、すぐに気付けなかった自分がどうにも情けない。「その、ありがとうございます。妹や、ジョルジュさんたちのこと、よろしくお願いします」
平静を保って、笑顔を返す。思わぬ形になったが、こうして感謝を伝えておきたかったのはシエルも同じだ。それに、この老戦士の存在はやはり頼もしい。老いてなお最強と呼ばれるのも納得の力強さが、大柄な体躯から伝わって来る。この人が居てくれるなら、きっと牧場は――アークセプトの町は大丈夫だ。向かい合って言葉を交わしたことで、少し安心できたような気がした。
「そうだランド、訊きたいことがあったんだけど」
「んー?」
町といえば、で思い出した。「シャルロット様は、大丈夫か?」
ランドは一回、二回と瞬いた。表情の変化こそ僅かだったが、刹那に見えた動揺をシエルは見逃さなかった。
「会議中、あの方はずっと悩まし気な様子に見えた。臣下たちと同等か、それ以上の信頼を得ているお前なら、何か聞いているんじゃないかと思ったんだけど」
どうかな、と首を捻って見せる。会議の場では訊けなかったが、あれはただ課題が山積みで困っているなんて風ではなかった。シャルロットを悩ませているのは、恐らく彼女が妙に食い付いた話題――ナハトに関する何かではないか、とシエルは推測を立てていた。
「よく見てるよなあ、お前……」
ランドは困り顔をして、ううんと思案する素振りをする。少し間を置いて、仄かに苦笑した。
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