一節 進むべき道は 結

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「公爵代理の仕事だけでも多忙だってのに、帝国との会談に、霧の怪物、聖都襲撃まで重なっただろ。おかげで仕事の山も積もりに積もって、流石のシャルロット様も参ってるみたいでさあ」  若干遠い目のランドに同調して、リオンも頷いた。「出所の怪しい噂話も広まって、どこも対処に追われている。いくら彼女が優秀でも、一朝一夕に事態の打開とはいかんだろうな」  曰く、リオンの兄が治める北のアンベール領や、妻の実家である東のフーリエ領でも、そうした混乱は起きているらしい。アークセプトの町でこそ未だ異変は軽微だが、ファルジア領には他にも多くの町や村がある以上、領主の苦悩は想像に難くない。 「シャルロット様、大丈夫かな」  ぽつりとルアが不安を零す。心配だよなとシエルも同意すると、頭を掻いたランドは励ますように笑った。 「気持ちは分かるが、シャルロット様は俺や臣下たちで支えるからさ。お前たちは安心して、次の調査に備えてくれよ」  はぐらかされたな、と感じた。ランドの話も嘘ではないだろうが、今の答えではシエルの疑問に説明が付かない。正直に答えなかったのは、あまり触れたくない内容なのか、今はまだ内密にしておきたいのか、あるいはシエルの推測が外れているのか。 「……分かった。シャルロット様にも、よろしく伝えて欲しい」  疑問はあれど、ランドが意味もなく隠し事をする性格でないことも、シャルロットの憂いを捨て置くような男でないことも、シエルはよく知っている。下手に訝しみ詮索するよりも、一旦任せてしまった方が良い――と、そう判断するのは当然の帰結だった。 「ということは、ランドはこれからシャルロット様の手伝いを?」  あえて話題を逸らすように訊ねると、ランドはふっと微笑して、声色を明るくした。 「俺の力を貸して欲しい、なーんて泣きつかれてさ。期待に応えなきゃあ、良い男が廃るだろう?」 「ふうん」  阿呆な冗句に、せいぜいジト目を返す。ランドの軽口を抜きにしても、慌ただしい様子は耳にしていた。領内の状況把握に治安の回復、周辺領との情報共有や連携、おまけになぜか、町の周辺に残る旧帝時代の遺構を再調査する話も進んでいるとか。  アークセプトの遺跡調査は以前から計画されていたことだが、どうして今になって、その本格化が進んでいるのか。不審に思う声も上がっていたが、けれど先日の一件――旧帝の遺産が盗み出された事件の影響を鑑みれば、何か急を要する懸念があったのだろう。  それが何であるのか、何を意味するのかは、まだ分からないけれど。 「本音を言えばお前たちのサポートもしてやりたいんだが……悪いな」  ばつが悪いと髪を掻くランドに、シエルは頭を振った。 「構わない。お前が居てくれるのは頼りになるけど、甘えてばかり居る訳にもいかないだろ」 「おっと。俺としちゃあ、まだまだお前たちに頼って欲しいけどな?」冗談めかして笑ったランドは、それから短く息を吐いた。「ま、そっちには支部長殿も同行するって話だし、今のお前たちには頼もしいパートナーも居るんだ。心配はしてないさ」  頑張れよ。青年の言葉に、シエルもルアも力いっぱい頷いた。 「俺たちは俺たちで、最善を尽くす。ランドも、しっかりやれよ」  ランドも、ナタリアも、オーベルも、あんなことがあったばかりというのに、シエルを信じて、背中を押してくれる。それならばシエルだって、その信頼に応えたい。  アーロンはまじまじとシエルの顔を見て、なんだか感慨深げに呟いた。 「やはり、君は父親とよく似ている。若い頃の彼を思い出します」 「……へ?」  思いもよらない発言に、シエルは瞬いた。どうして将軍が、父を知っているんだ? 「私や君の父、それにタール……今はグレンと名乗っているあの男は、一時期この老いぼれの薫陶を受けたことがある」 「父さんが、将軍の!?」 「あいつのことだ、どうせ話していなかっただろう?」  予想通りだと呆れるリオンに、シエルは目を白黒させて頷いた。剣術を学んだとは聞いたけれど、何分幼い頃のことだ。実際に父の剣術を見たこともなければ、誰に習ったかなんて訊く筈もない。シエルにとっては、全く青天の霹靂だった。 「タールさんって、グレン将軍の名前だったんですか?」 「世間に知られた“グレン”という名は、王に賜った騎士としての名だ。そこには色々と事情もあるのだが……まあ、私の話すべきことでもないだろう」  ルアとリオンは別の話をしているが、思考の整理で必死なシエルには、何が何だかさっぱりだ。 「父の剣術は将軍に習ったもので、つまり、ええと……教え子だった、んですか?」  けれどシエルの知る限り、父は軍人ではなかった筈だ。 「ほんの一時、成り行きで護身の剣術を仕込んだ程度の縁です。それでも、彼のことはよく覚えていますよ」  混乱冷めやらぬシエルを落ち着かせるように、アーロンはにっこりと首肯した。
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