一節 進むべき道は 結

5/6
前へ
/315ページ
次へ
「君も知っての通り、彼は性格も能力も戦士向きとは言い難い若者でした。しかし一方で、確かに光るものも持っていた。剣の極意、その一端に触れる才を」 「ゴクイ?」首を捻ったシエルに、 「魔道を斬るのですよ」老人は笑んだ。 「いかなる魔道にも、必ずそれを構成する“核”が存在する。寸分違わぬ迷いのない剣であれば、それを断ち、打ち破ることが可能なのです」  本当だろうか、と一瞬疑った。万夫不当を誇る戦士の言葉が嘘であるとは考えにくいが、実体のないものを剣で切り裂くだなんて、俄かに信じがたい離れ業であるのもまた事実。  そんな思考が顔に出たのだろうか。老戦士はふうむと考え込んで、シエルの正面に立った。 「百聞は一見に如かずと言います。どうでしょう、試しに一度」 「無茶を言うんじゃない」呆れ顔のリオンが言葉を遮った。「あれを自在に繰り出せるなど、それこそ貴様くらいのものだろうが。付け焼刃の無謀を焚き付けるなど言語道断だぞ、クソ老いぼれめ」 「焚き付けるとはまた言いがかりですな。仮にこの先、ゲオルグ……皇帝の杖を相手取るのであれば、選択肢の一つとなり得るでしょうに」 「かもしれない、で教える難易度の技でないから言っているんだろうが!? だいたい貴様は昔から――!」  怒涛の勢いで文句を吐き出すリオンだが、老人は飄々とそれを躱している。どうやら、二人の間では慣れたやり取りのようだ。それで良いのかなんて疑問は、この際放り投げておこう。 「魔道を斬る、極意か」  呆れと戸惑いを振り払って考える。アーロンの言うそれは明らかに離れ業――人間業とは思えないが、仮に使いこなせれば、もしもの切り札となり得るかもしれない。  気の迷いを見抜いたように、肩でオーブが鳴いた。変な無茶はやめときなよ? 「……分かっているよ」  自分の腕を過信するつもりはないとぼやいて、視線をアーロンに戻した。 「その手の戦闘技術は、自分よりもムート……友人の剣士に素質があると思います。彼に薦めてみてはいかがでしょうか」 「ああ、会議に居た彼ですか。彼もまた良い目をしていた。一度、その才と実力を見定めておきたいものです」  にこやかな笑顔の奥に、鋭い牙が覗いた。ほんの一瞬ながらも強く伝わる迫力にシエルが怯むと、老人は「つい熱が入ってしますな」なんて微笑して、話を仕切りなおすように咳払いをした。 「さて、せっかくの機会です。ここは一つ、今の君に役立ちそうな助言もしておきましょう」 「自分に、ですか?」 「君をよく知らぬ某にも、言えることはあります故」  頷いた老人は少し腰を屈めるようにして、シエルと目線の高さを合わせた。 「敵を見て、己を見る。それは至って初歩的な話ですが、己の怒りや憎しみに囚われず、かといってその制御にかまけて敵の観察が疎かになってもいけない。仇敵と相対するであろう君には、避けて通れぬ苦難です」  どきり、と心臓が鳴った。「そんな、俺は憎悪に囚われるつもりは」 「良いのです。何事にも揺らがぬ強さを持て、などとは言いません」シエルの言葉をやんわりと、はっきりと遮って、老人は言葉を続けた。「ですが、覚えておきなさい。何人とも、揺らいだ足場の上に強さは成り立たない。君も、某も、あの男もです」  有無を言わさない力強さに、シエルは怯む。頭では分かっている筈なのに、向けられた言葉を否定できない自分の心が、どうにも嫌になる。 「全く、酷なことを言う」 「ですが、必要な言葉でしょう?」  背筋を正したアーロンは、もう言うことはないとばかりに一歩下がる。そんな老人を暫し睨みつけたリオンは、やがて特大の溜息を吐いてシエルへと視線を戻した。 「この件に関わり続けることは、いずれ再びゲオルグと相対することを意味する。あるいはその老いぼれが言うように、君自身の手で決着をつけねばならん状況が訪れるやもしれん」 「そう、ですね」  ルミエールで対峙した記憶が脳裏を過る。歪みそうになる表情をどうにか取り繕って、シエルは言葉を返した。 「容易く勝てる相手ではありませんが、逃げるつもりは」 「立ち向かう覚悟があることは承知している。そんなものを今更問うつもりはない」  問題はそこではない。言い切った男性は、鋭い瞳でシエルを見据えた。 「奴と戦い、勝利した暁に、君は決断を迫られる。弱り果てた奴を前に、復讐を遂げるか否かの――な」 「……!」  作り笑顔が意味を成さない、鋭い眼差し。戸惑うシエルに、リオンは少しの淀みもなく言葉を続けた。 「君は聡明な若者だ。消えぬ憎しみを抱えながら、しかしそこに拘泥すべきでないと理解して、自制できる強さを持っている」リオンの声色は優しく、どこか苦しげだった。「それでも、奴が君にとって両親の仇であることは変わらない。仮に千載一遇の好機が巡ってきたその時、長く抑圧され続けてきた憎悪が君の理性を焼き焦がす可能性を、果たして否定できるかね?」  シエルには、何も言えなかった。未だ心に燻る怨嗟の炎を、咄嗟に否定できなかった。
/315ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加