一節番外 絡み合う思惑

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「分かってはいたが、連中も悪足搔きを諦めないな」トービアスはうんざり溜息を吐いた。「手駒の賊どもさえ一掃すれば、連中の動きも鈍ると期待したが、そう上手くは運ばないか」  実権を取り戻したヴォルフラムは、各地の賊を排除するべく動いた。治安の悪化が問題視されていたのは勿論として、増え続ける悪党が先帝派の手駒となっている実態があったからだ。  帝国において賊の問題は根が深く、王国が“ラケルタ”なる賊の集団を掃討する何年も前から、その掃討計画は行われていた。時には“牙”の面々が闇討ち同然の討伐作戦を行うことや、交渉の余地があるを持つ者たちは懐柔する方針を採るなど、硬軟織り交ぜた活動が続いた。  そうした努力が実を結んだか、国内に蔓延っていた賊徒は激減し、彼らを利用していた先帝派の勢いも削がれた。表の実権も失い、裏で動かす駒も潰されたギースラーは、弱体化すると思われた――のだが。 「民を締め付け、かつて弾圧した少数部族をも利用する輩だ。息の根を止めん限り、醜悪な足掻きを続けるだろうな」  ヴォルフラムは嫌悪を露に吐き捨てた。  国内に蔓延る賊徒こそ鎮圧したが、肝心のギースラーは諦めが悪く、次なる一手としてゲオルクなる輩どもを利用した何かを企てている。その現状を鑑みれば、こちらも手をこまねいては居られない。 「向こうの目論見が掴めれば、それを突き崩す手も打てる。何か分かっていないのか」  確か、領内には“牙”の一員が潜入していた筈だ。トービアスの問いに、皇帝は手許にあった紙束を放り投げた。中身は報告書のようだ。 「連中は近頃、傭兵を集めているようだ。建前こそ領内の治安維持としているが、その規模は不自然に大きい」  トービアスが報告書に目を通す傍らで、フリッツが説明を始めた。 「傭兵たちの多くは、無難な仕事を斡旋されているようです。町の警備や、要人、商隊の護衛など、それだけなら特に不審な動きはない、のですが」 「表には出せない裏がある。そうだな?」  予想はできるがと呆れれば、皇帝も鼻を鳴らして同意を示した。 「ギースラーに雇われた傭兵のうち、一部の行方が知れない。具体的な名前は、そこに書いてある」 「……インゴルフ、ハイノ、ヒルデベルト。なるほど、お前が懸念を抱くのも納得だ」  渡された資料に目を通して、トービアスはうんざりとため息を吐いた。  資料に名を連ねていた傭兵団の名は、トービアスでも知っていた。金の為なら手段を選ばないとか、無関係な民や味方さえも平気で犠牲にするとか、専ら悪い評判ばかり耳にする連中だ。信用という一点においてはその辺の農夫にも劣る畜生共だが、しかし腕っ節だけは確かだからこそ、ギースラーもそれを買ったのだろう。これまた迷惑な話だ。 「個人的な伝手のある傭兵にも話は聞きましたが、まともな傭兵ほど、ギースラーの仕事を警戒しているようです。内容が不明瞭な上、報酬も妙に高いようで」 「だが、その傭兵の数も少なくないんだろう」  読み終えた報告書を握り潰して、炎の魔道で焼き払う。「全く、人の欲とは難儀なものだ」 「気がかりはもう一つある。ギースラー領内の大工や職人が呼び集められて、そちらの行方も知れないようでな」 「職人を?」トービアスは眉間に皺を寄せた。「城の修繕でも行っている……訳ではないのか」 「それに近い規模の物資が動いているのは確認しましたが、集められているのは領内の東端、エストエル山麓の寒村でした。そんなところに城などありませんし、近辺に職人たちの姿もありません」  不可解だ、とフリッツは唸った。エストエル山麓はギースラー領内の深いところに位置する以上、隠し立ててまで城を建造する理由を見いだせない――というのは、トービアスも同意見だ。そも、城をどうこうする規模の工事を隠し通せる筈がない。  意図を図りかねた二人に対して、腕を組み、暫し黙り込んだ皇帝は、ぽつりと言った。 「エストエル山麓ということは、尾根を越えた東は王国領だな」 「……まさか、山を越えて王国に?」  それはないだろう。トービアスが顔をしかめれば、フリッツも同意に頷いた。 「エストエルの尾根は中立地帯ですが、それはあの険峻な山々を越える手段が、山峡の道以外に存在しないからです。寄せ集めの傭兵を送り込んで、ましてや拠点を建造するなど、不可能では?」  幾度となく内輪揉めを繰り返してきた現王国領が、それでも帝国を寄せ付けず独立を保てたのは、両国を遮る天然の要害があった故だ。いくら先帝派が追い詰められつつあるとはいえ、そんな無謀に賭けるとは考え難い。
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