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「あいつの傍にはティムルも居るし、将軍やムートたちが町を守っているから、大丈夫だろうとは思うんだ。むしろ心配なのは帰った後というか、どうせまたキレ散らかすだろうから」
「き、キレ散ら?」
「凄いんだぞ、あいつ。この前だって――いや、あれは俺の自業自得だけど、それにしたって喧しいと言うか、限度がないと言うか」
今度もまた、その激昂を受け止める羽目になるのだろう。いっそ耳栓でも用意しておこうかと息を吐いたシエルに、ルアも困った様子で微笑した。
「置いてけぼりの不満もあるだろうが、あの子なりにお前が心配なのだろう」後ろを歩くオーベルは、シエルを見て言った。「兄さんは何をするか分からんから心配だ、と何度も私に零していたからな」
「あいつめ、どの口で……」
何をするか分からないのはお前の方だし、それが心配でもあるんだぞ。シエルがぼやくと、ルアやオーブだけでなく、祖父やグレンまでもが微笑した。
「まあ、良い。私情混じりでも何でも構わんが、務めはしっかり果たしてくれたまえよ?」オーベルは後方へと視線を呉れた。「ほれ、お前の部下が呼んでいるようだ。行ってこい」
「おっと、そうですね。すぐに戻りますから、少し待っていて下さい」
オーベルに窘められたグレンは苦笑して、彼を呼ぶ声の方へ向かおうとする。しかし、なぜだか再びこちらを見て、
「ところで、君の友人たちの……」
「ムートやヴィレですか?」
「そう、その子たちだ」グレンはなぜかほっとしたような顔をした。「彼らとは、長い付き合いなのかい?」
「ええ、まあ。俺が町に来て最初に出逢った友人で、一番の親友たちですから」
力強く頷きながらも、「わざわざそれが聞きたかったのか?」と疑問が過る。それを先読みしたように、グレンは言葉を続けた。
「聖都で僕が駆け付けた時、あの子たちの瞳に強い覚悟を見た。それが気になっていたんだが、おかげで合点がいったよ」
無茶をするよと苦笑した男に、シエルは何も言えなかった。
あの時のシエルは自分のことに手一杯で、二人の戦いを目にしていない。後から話を聞こうにもムートは謙遜するし、ヴィレは機嫌が悪くなってまともに答えてくれないし、リージアの話は今一つ要領を得なかった。彼らの奮闘が紛れもない事実で、それが将軍にも伝わったのは誇らしくもあったが、危うく取り返しのつかない事態になっていたのだと思うと、己の不甲斐なさが情けなくなってしまう。
尤も、そんな気持ちを零したところ、当の二人から「勝手に自分たちの責任まで背負うな」「真面目を通り越してそれは傲慢」と散々に言われてしまったので、シエルなりに割り切ろうと考えてはいるのだけれど。
「良い友人関係を築けているようで何よりだ。君たちを案じる彼らの分まで、私がしっかりと護らなければね」
微笑んだ男はそう言い残して、今度こそ部下たちの方へと歩いて行った。
グレンが戻ってくるまでは暫し休憩だろうか、と背中を見送るシエルの横で、ぽつりとルアが呟いた。
「……なんだか、様子が変だったような」
「そうか?」
シエルは思わず首を捻った。今しがた言葉を交わした限りでは、以前に会った時と変わらない落ち着き具合に見えたが、一体どこに違いがあっただろう。強いて言えば、旧知の仲である祖父が居た分だけ、砕けた雰囲気があっただろうか。
訝しむシエルを見たルアは、不安げな様子で周囲を見回す。それからシエルの傍に寄って、ひそひそと言った。
「私、森で助けて貰う少し前にも、町でグレンさんに会っててね。何か悩んでいる様子だったその時と、似た雰囲気だったというか」
意外な話にはシエルも驚き、詳しい聞きたいと思ったが、それ以上にルアの様子が気になった。どこか話し辛そうな様子を見るに、彼女も確信を持てないのだろうか――と一瞬思ったが、どうもそんな様子ではない。周囲の目を気にする辺り、どこまで話して良いのかと判断に迷っているように見えた。
「何か、言えないことがあるのか?」
直球の問いに瞬きしたルアは、慌てた様子で両手を振った。「えっと。内緒にして欲しいって言われてたの、思い出して」
「ルアが何か嫌な思いをしたとか、秘密にすることで君や俺たちに不都合の起きそうな話ではないんだな?」
シエルの問いに、ルアはやや戸惑いながらもはっきりと頭を振った。
「それはない、と思う」
真っすぐなその目を見れば、それ以上の理由は必要なかった。
「それなら俺も、これ以上は訊かないよ。今ここで拘るようなことでもないし、他人の秘密を勝手に話すのって、なんか嫌だもんな」
安堵したようなルアに、シエルも軽く微笑みを返した。
ルアの言う違和感は気になるし、勝手に秘密の一端を知ってしまったことには申し訳ない思いもある。だが、なればこそ今の話は胸の内に留めておこう。心の奥でひっそりと、シエルは誓った。
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