ろく・「……くっそ可愛い」

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ろく・「……くっそ可愛い」

 かくして無事お付き合いを始めてから数日後の金曜日、彼方のバイトが終わってから落ち合った二人は彼方の部屋にいた。  順番に風呂へ入り、後は寝るだけ。初めてのお泊りといえばそれはもう甘酸っぱい気持ちになるはずだが、如何せん彼方は並々ならぬ決意を抱いているため、風呂上がりで火照った恋人の姿を堪能するだけの余力がない。  だが緊張感が伝染してしまったのか落ち着きなく正座する千尋が可哀想で、向かい合わせに床へ座ると早速切り出した。 「お前さ、俺が女だったらって言った意味、知りてえんだったよな」 「話してくれんの」 「おう。やっぱお前と付き合ってくなら、変な隠しごとしたくねえから」  うやむやにしたままでは、いつか悩みは腐り、本音は拗れて彼に渡せなくなってしまう。  いずれ関係を壊しそうな火種は、早い内に消火しておきたい。今までのように「やっぱり駄目だった」で彼との日々を終える気はないからだ。  馬鹿正直にぶつかってくる誠実な男に、感化されたのかもしれない。調子に乗りまくるサーファー時代は終わりだ。これからは一つの浮き輪で、千尋と波を越えていけたらいい。 「途中で馬鹿らしくなっても、最後まで聞いといて」  気づけば見慣れていた凶悪面が、神妙に頷く。何故か彼方よりずっと緊張している千尋を前に、少し力が抜けた気がした。 「実は俺な……」 「うん」 「絶倫なんだ」  単刀直入に、あえて端的な表現で結論を投げる。これで一体どういう系統の話なのかは伝わると踏んだが、千尋は表情を変えず黙りこくったままだ。童貞処女には厳しい内容だったろうか。コチコチと鳴る秒針音がやけに耳につく。  それでも彼方が息を潜めていると、男は一つ頷いた。 「それで?」 「お、おう。それで……セーブすりゃいいって頭でわかってても、止まんねえんだ。興奮してくると泣き喚かれても余計虐めたくなるし、その、気失っても止まらねえし……彼女ができても、そんなだから一回抱くと怯えてフラれてきた。怖え、無理って」  白状した途端、さすがの千尋も予想外だったのか顔を引き攣らせる。  彼方は挫けそうになりながら続けた。 「恋人泣かすくらいなら、誰とも付き合わなくていいって思ってた。セフレでも作ればよかったのかもしんねえけど、そういうのは趣味じゃねえし」 「知ってる」  いつの間にか胡坐をかいていた千尋が膝に肘を置き、彼方の顔をじっと見ていた。彼の表情には、特に嫌悪感は浮かんでいない。思ったことをそのまま口にした、と言わんばかりだった。 「彼方はたまに無神経なこと言うときあるけど、理由なく人を傷つけないじゃん。根が真面目で、お人好しだから」 「よく言いすぎ」 「違う。俺みたいなのでも助けてくれたし……学校でも困ってる奴見捨てない。勉強教えてあげたり、落とし物一緒に探してあげたり、ボランティアだって笑わないで最後まで付き合ってくれた。男に告られても、ちゃんと考えてくれたし」 「それは俺の猫被りだって知ってんだろ」 「でも、してもらった側にとっては偽物じゃないじゃん。猫被りとか関係ない」  薄く笑んだ千尋が手を伸ばしてきて、彼方の濡れ髪をクシャクシャと撫でて乱す。まるで甘やかされているようで落ち着かないが、微塵も逃げたくはならなかった。 「この部屋の参考書見たとき思った。学校では勉強できて当たり前みたいな顔してるけど、すごい努力家なんだって。筋トレもめっちゃしてるし、人に優しいのだって上っ面だけじゃできない。彼方の根っこに、ちゃんと優しい彼方がいるからだ。たまに冷めた対応してるときもあるけど、それって多分、筋の通ってない奴に対してだけじゃん? 俺はそれを普通のことだって思う」  彼は自分なりの言葉で、彼方を肯定してくれている。それはやはり贔屓目な気がしたが、千尋の目に映っている自分を彼方は認めてやりたくなった。 「千尋、こっち来い」  軽く腕を広げてやると、照れた男の眉間に皺が寄る。初めて話したときから変わらない凶悪な顰め面だが、にじり寄ってきて腕の中へ潜る仕草の可愛さは、もっと凶悪だった。  風呂で温もった身体から、仄かに石鹸の香りがする。見た目は派手でも内面は飾り気のない純朴な千尋に、それはよく似合っていた。 「俺、ヤリ始めると結構むちゃくちゃするらしい。女ですら嫌がんのに、ましてや男のお前はもっとキツイ思いさせんだろうなって、だから女だったらって言った」 「ん」 「お前に……フラれたくねえ」 「フるわけない。怖くないし、嫌じゃない」  背にまわされた手が、彼方を安心させるようにそこを叩く。説明しただけでは今一つ危機感は伝わらないようで、呑気な千尋の声に思わず苦笑した。 「いいのかよ、そんな言い切って」 「彼方だから大丈夫。俺嘘吐かないよ」 「吐いただろ。キス初めてじゃねえって」 「嘘じゃない。父さんにされてる写真あった」  真顔で言いのけられ、彼方は思わず頭を抱える。それもカウントするとしたら、世の中にファーストキスの概念はなくなるだろう。 「おう……そっか……」 「彼方さ、言ってたじゃん。お互いのこと知ってからって」 「おう」 「好きになったきっかけは小さいことだったけど、一緒にいる内にもっと好きになってた。子どもみたいに飯お代わりしたり、ちょっと涎垂らして寝てたり、サッカーの試合中継見ながら喚いてるとこも結構好き」 「ダセえとこばっかチョイスすんなよ……」 「皆が知らないカッコ悪いとこも、陰でしか頑張らない努力家なとこも好き。生半可な気持ちで、ここにいるわけじゃないから」  普段の三倍は口を動かして疲れたのか、千尋は首元でふうとため息を吐く。  受け入れてもらえることが、こんなにも安堵を覚えるものだと知らなかった。 「だよな。女装までしてくれたし」 「彼方が嬉しいならいつでもする」  力強い声色で紡がれる覚悟に、指先まで痺れてしまいそうだ。千尋にここまで言わせてウダウダ悩んでいるようじゃ、男じゃない。  彼方は彼の肩口で少し微笑み、顔を上げた。 「嫌われるくらいならセックスなしでいいって思ってた。ちょっとだけ、俺が下なら安全じゃねえのかとも考えた。でもやっぱ好きだから触りてえし……抱きてえ」  包み隠さぬ本音を聞いた千尋の首元が、みるみる内に赤らむ。 「俺で勃つ?」 「お前が初めて部屋来たときも実は勃ってた」 「うっそ、マジ? ……はは、痛いのは得意じゃないけど、むちゃくちゃしていいよ」 「痛えことはしねえよ、俺そういう性癖ねえから」 「ふは」  柔らかい吐息を零して笑う千尋の口を、食むようにキスで塞ぐ。稚拙なキスしか知らない千尋を気遣って、そっと舌を口内へ忍ばせた。  だが彼方はすぐに唇を離す。何故なら、彼が息を止めていることに気づいたからだ。 「大丈夫か?」 「ん……彼方、ちょっとそこ寝て」 「は? いいけど……」  言われるままベッドへ上がり、横たわる。  すると赤い顔をした千尋が彼方へ乗り上げてきて、下着ごとハーフパンツを脱いだ。 「……? 千尋?」  一体、何をするつもりだろうか。  一生懸命な様子を見ていると無暗に口を出すのは憚られる。ついでに手も出しあぐねていると、千尋は彼方のスウェットを下げ、ご無沙汰な上に期待で臨戦状態な屹立を露わにしてしまった。指輪のない手に握られると、熱い溜め息が零れる。  だが、うっとりと目を細めていられたのは一瞬だけだった。 「ちょ……ストップ!」  千尋は陰茎を握ったまま、妖しい動きで腰を浮かせている。青褪めるより先に上半身を起こした彼方は、男の細腰を両手で鷲掴んだ。 「何してんだ」 「ん? 挿れる」 「は? 入るわけねえだろ」 「え? なんで?」  あまりの驚きと動揺で、無意味に息が切れる。えげつないスピードの動悸に逆らい、深呼吸を何度か行うと少し落ち着いた。  自身の行動になんの疑念も持っていない千尋を前にして、経験者の彼方が狼狽えている場合ではない。 「あー、なんで急に挿れようとしたんだ」 「杏南が男同士は尻でするって」 「おう、まあ合ってる。ちなみにそれ以外何か言われたか?」 「別に何も」  色々と言いたいことはあるが、千尋に嫌われたくないから口には出せない。そのほとんどが杏南への悪態であるためだ。  彼方はぐっと口を噤み、苛立ちをいなす。 「わかった。仕切り直すから膝座れ」 「うん?」 「なんもすんな。全部俺が教えてやる」  シャープな輪郭へ指を滑らせ、顔を近づけて軽いキスをする。それから唇を舐め、指先で耳裏をくすぐると男の肩が密やかに跳ねた。 「くすぐったい……」 「だな、鳥肌すげえ。とりあえず口開けろ」  慰めるように彼の二の腕を擦りながら言えば、千尋はパカリと口を開ける。マゾ感漂う従順さに、彼方の背はゾクゾクと戦慄いた。 「今から口塞ぐけど、鼻で息しろよ」 「は? っ……」  先ほどと同じように唇を合わせ、口内で縮こまる舌を突いて誘い出す。彼方の指示を守ってふうふうと鼻呼吸をする千尋は、舌の動きに翻弄されながらも必死でついてこようとしていた。  首の付け根から後頭部へ頭皮を撫でるように指先を動かすと、膝に乗った男の腰がビクンと揺れる。すると息苦しそうに千尋の眉が寄っていき、頃合いを見てキスを解いた。 「可愛い」 「……っわいく、ないし。彼方がクサいこと言う……」 「浮かれてんだ。やっと抱けんだから」 「……っ」  顔を背けたせいで無防備な耳元へキスを落とし、首筋へ下っていきながらゆっくりと布団へ押し倒す。Tシャツの中へ手を差し入れて小さな突起を軽く摘まむと、漏らすような吐息と共に男が笑った。 「ははっ、やめて、くすぐったい」 「じゃあ、ここは追々な」  本音は追々と言わず朝までじっくり弄りまわしたいが、それこそ嫌われてしまいそうだ。  たくし上げた服を脱がせ、筋肉の弾力を楽しむように肌へキスを繰り返しながら、露出した股間へ右手を伸ばす。以前とは違い直接触れるのは初めてだが、やはり抵抗はない。それが千尋の感じている証拠だと思えば、形を変えてそそり勃つ硬さも可愛く思えるのだから恋とは不思議な感情だ。 「ちゃんと勃ってんな」 「んなとこ触って平気……?」 「ん? 全然平気。前も触ったろ?」  自慰するときのように、陰茎へ指を絡めて上下に扱く。すると息を詰めた千尋は唇を噛み、枕の端を両手でぎゅっと握った。 「待って……つよ、い」 「嘘吐け。声出そうなんだろ? 我慢すんな」 「っ、んな、ことない、し」 「ふうん……じゃあ舌出せ。べーって」  は、は、と浅く息をしながら、千尋が舌を出す。「いい子」と呟いてやると、褒められたことが嬉しいのか手の中で性器が跳ねた。 「あー可愛い……千尋、絶対舌戻すなよ」 「ん、んぇ? ……っ」  彼方は手を止めないまま、口淫するように柔らかな舌を食んだ。尖らせた先端で表面をなぞり、強めに吸いながら軽く頭を前後する。その動きに合わせて陰茎を扱けば、わかりやすく鈴口から溢れる先走りの量が増えた。  次回を許されるなら、舌ではなく性器を舐めまわしていじめてやろうと決める。面白いほど素直に快楽を受け取る姿が可愛くて、手にも力がこもっていった。 「んぅ、んく、えう……ッ」  だらしなく出した舌を彼方に吸われているせいで、放逐の訴えは酷く舌足らずだ。  下肢から響く水音も淫靡さを増し、吐精は呆気なく訪れた。 「ふ……ッ」  身体を強張らせて目を閉じた千尋の白濁が、手の動きに合わせて彼方の服にまで飛ぶ。最後の一滴まで絞り出すように裏筋を親指で擦ると、その度に男は苦しそうに息を詰めた。 「う……」 「よくできました。もう舌戻していい」  許可を出してやっと舌を引っこめた千尋は、射精後の気怠い色気を放っている。鋭い視線もなりを潜め、今にも溶けだしそうな瞳が彼方を見上げた。 「いつ、すんの」 「何を?」 「セックス……」 「もうしてんだろ」 「でも、挿れてない」 「挿れるだけがセックスじゃねえんだよ。こうやってキスして触って、気持ちいいことすんのも全部セックス」  高校生のわりに少ない性知識は心配になるが、生真面目な性格の上、友人の少ない彼には情報源があまりなかったのだろう。三つ子の妹が家にいるなら、AVなんかも持っていなさそうだ。というより彼の性質上、十八禁ものは例外なくアウトだろう。  彼方は汚れたTシャツとスウェット、下着を脱いで床へ放る。そうして改めて男へ覆い被さり、汗ばんだ額へキスを贈った。  すると腹の上へ、千尋が手を置いてまさぐってくる。 「何これ……まさか、こんなに割れてるとは思わなかった……」 「体力より性欲が勝ったら悲惨だろ」 「どんだけ底なしなの」 「怖え?」  重そうに持ち上がった千尋の腕が、彼方の背へとまわされた。しがみついて意思表示する照れ屋な男が一層可愛く、邪まな調教願望が滾ってしまう。鶴乃に言われるまで意識したことはなかったが、彼方の処女好きはそういった性癖が由来しているのかもしれない。  長く息を吐き出し、暴走しそうな情欲を抑える。それから手探りでベッド下の収納を漁り、ローションといくつかのゴムを取った。 「準備すっからちょっとだけ離して」 「準備?」 「そ。最初は冷てえけど我慢な」  腕が離れて身体を起こした彼方は、手のひらへ出したローションを千尋の尻へと塗りつけた。驚いて落ち着かない男の膝頭をキスで慰め、尻の狭間を丹念に撫でる。 「温かくなってきたか?」 「ん……」 「息吐いて力抜け」  千尋の表情を確認しながら、ゴムをつけた指を一本後孔へと挿入していく。ぬめりは十分で、今のところ痛みはなさそうだ。 「ゆっくり動かすぞ」 「ゆ、指が、彼方っ」 「ああ、俺の指。千尋の尻に入ってる」 「なん、で」 「ちゃんと解さねえと痛えから。それに、尻の中にも気持ちいいとこあるらしいぞ」  男相手は初めてだが、過去に数カ月ほど続いた年上の恋人とアナルセックスの経験はあるし、下調べは万全だ。全くの初心者でない分、彼に苦痛を与える可能性も減るはずだが、言いようのない緊張で喉が鳴る。  違和感に唸る千尋の脚を撫で、狭い入口を広げ内壁を擦る。指の根元は強く締めつけるくせに中は柔らかい媚肉が蠕動しており、奥まで突き挿れただけで気持ちよさそうだ。彼方の屹立は、睾丸が重い痛みを発するほど血液が集まっている。 「……もう一本挿れるから」  頷いた千尋の苦しそうな表情を見つめ、己の欲をかき消す。心なしか緩んだ窄まりへ二本まとめて指を挿入すると、男の眉間に皺が寄せられた。 「苦しい?」 「へ、いき」 「なるべく早く気持ちよくするから」  コクコクと頷くだけで精一杯な千尋のためにも、気を紛らわせてやりたい。彼方は脚を撫でてやっていた手で萎えたままの中心を握り、ふにふにと揉みしだいた。  千尋はくんと顎を跳ね上げ、性器への愛撫に息をのむ。すると内壁がぎゅうっと彼方の指を締めつけ、中指の腹に膨らみのようなものが当たったのを感じた。 「これか?」 「……ッ」  違和感のある場所を小刻みに突き上げてみると、あからさまに千尋の腰がビクつく。  にんまりと口角が上がっていくのを、彼方は自覚していた。 「ここだな。千尋の気持ちいいとこ」 「そ、……こ、何……?」 「前立腺。よし、初対面だから優しく可愛がってやる」  手の中の柔らかかった性器も少し芯を持ち、前立腺への刺激を喜んでいる。彼方は荒い息でかさついた唇を舐め、中のしこりをマッサージするように指を動かした。 「は……っはあ、かな、彼方……っ」 「ん?」 「なん、なんか変、そこはもういい、っ」 「大丈夫、素質あるわ。その内、ここで中イキさせてやるからな」 「ふ、ぅ……?」 「もう一本いくぞ」  段々と具合の良さを増していく後孔へ、三本目の指を沈める。バラバラに動かして前立腺を叩いてやると、射精したそうに鈴口から濁ったカウパーがその身を伝った。  このまま出させてやろうかどうか考え、屹立から手を離す。可哀想だが、あまり前戯だけで体力を削ることは避けたい。この後がもたなくなるとわかっているからだ。  彼方は心を鬼にして、もどかしそうに揺れる腰を押さえて後ろを解すことに専念する。  時間をかけ、やがて十分柔らかくなったそこから指を抜き、ぐったりとした千尋の頬へ口づけた。 「そろそろ挿れるけど、大丈夫そう?」 「ん……やっと?」 「まだ元気そうだな」  文句も言わず、急かすこともなく、ただじっと尻を弄られる責め苦に耐えた千尋はすっかり汗ばんでいる。こめかみへ張りつく前髪を掻き上げてやると、心地よさそうに手首へ鼻先をすり寄せてきた。 「彼方……」 「あんま煽んなよ。なるべく抑えるけど、本気で無理だって思ったら嫌いって言え。さすがにショックで正気に戻るから」 「んなこと言わない……」 「マジで嫌いになる前に止めてくれ」 「じゃあずっと止めない」  力無く浮かべられた笑みの中で、彼方を見上げる眼差しだけは彼らしい強さを残している。すると彼方の中には、感じたことのないほど温かな気持ちが込み上げてきた。 「……優しくする」  愛しさが我儘な性欲を凌駕することだって、あるはずだ。確かに覚えた慈しみを信じ、ゴムを自身へ被せる。そして卑猥にぬかるむ後孔へと、千尋の呼吸に合わせて埋めていった。 「痛えか?」 「痛く、ない」  指で感じていた内側の動きが、薄いゴム越しに性器を揉みしだく。焦れったいくらいのスピードで腰を前後させながら、全てを埋めきった頃にはお互い息が切れていた。 「ち、ひろ」 「っん……?」 「悪い。……やっぱ、無理だわ」  千尋の腰を膝に乗せて深く交わったまま、彼方は歯を食いしばる。  優しくしたい。優しくする――優しくできたらいいのに。  ついさっき温かな気持ちと共に吐き出した宣言が霞んでいく。愛しさに反し、意思は砂でできた城よりも脆かったのかもしれない。  千尋を抱いているという事実が堪らなく気持ちよく、喉からは獣染みた唸り声が迸った。 「やべえ、止まんなく、なりそ……」 「彼方、こっち向いて」  呼び声に反応する余裕がない彼方は、片手で目元を覆う。汗ばんだ肌や気怠げな眼差しを直視しないようにと思ったのだが、視覚をシャットアウトした分、鮮明な感覚が寄せてきて駄目押しされただけだった。 「あー、これ頭、馬鹿んなる、一回抜……っ」  いよいよ危機を察して腰を引く寸前、千尋が脚で彼方を引き寄せた。咄嗟に布団へ手をつくとより深く押し入ってしまい、くらりと眩暈に襲われる。男も苦しそうに息を詰めたが、近づいた彼方の背を強く抱いた。 「いいから、きて」  ――呆気なく消失した理性は、残滓すら残らない。  ばつんっと腰を打ちつけた途端、痺れるような快感が全身へ広がっていく。数度突けば、止めようとしたことすら忘れていた。 「ちひろ」 「っ……、ひ、ッ」 「ちひろ……っごめんな、千尋」  うわ言のように男の名を呟き、のっけから激しく小ぶりな尻を突き上げる。手加減だとか甘さはとうに思考から切り離され、ただ本能が求めるまま後孔をくじって男の中心へ指を絡ませた。 「っ待、彼方ッ」 「声出せ。気持ちいい声聞かせろよ」  前も後ろも同時に刺激され、それでも千尋は唇を噛みしめ頭を振る。湿った金髪を乱して抗う姿が妙に男心を刺激し、彼方の支配欲に火をつけた。 「じゃあ出させりゃいいんだな」 「っえ? っ……ふ、は」 「頑張れよ?」  先走りを塗りこめるように扱きあげ、何度も抜き挿しを繰り返す。どこをどう突いても反応のいい肉壁は上手に快楽を拾っているようで、やがて手の中のそれがビクビクと打ち震え始めた。同時に、千尋の呼吸は不規則に引き攣っていく。 「ふっ、ふぅ……ッは、ふ」 「イキそう? いいよ、俺に突かれて精液出せよ」 「い、く、出る、出そ……っ」 「イケよ。ほら、ほらっ」 「ひ、っ……!」  ガクンと喉を反らした千尋の身体が強張り、シーツを掻き乱しながら極まる。手の筒から飛び出す精液を見下ろしていた彼方は、腰を両手で強く掴み――痙攣する奥へと肉棒を突き刺した。 「ッあ、や、待って、彼方っ」 「待たねえ」 「まッ、あ、出て……っか、らあ……ッ」 「まだ出るだろ」 「出て、っあぁ! ッく、るし、彼方あッ」  悲鳴に近い嬌声を零す千尋は、目を見開いて身悶える。彼方に腰を固定されているため逃げることもできず、吐精を後押しするようなピストンに揺さぶられるばかりだ。  濁った精がうねる腹の上を流れる様は淫猥で、欲情の果てがない。 「あー、精子止まんねえな?」 「か、なたっ、イって、も、イって……ッ」 「悪い。俺遅いから」  笑顔で建前を吐き捨て、未だ射精途中の屹立を掴んだ。男はひゅっと息をのむ。  彼のこんなにもいやらしい姿を見られる時間を、早々に終わらせる気はない。射精コントロールに長けている彼方は、まだ千尋を離す気がサラサラなかった。 「もっと可愛いとこ見てえなあ……」 「な、に? ッ彼方、チンコ触ん、な、おねが、今は……っ」  涙声の懇願が逆効果なのだと、教えるべきか考えて止めた。力の入っていない手で制止しようとする様に、堪らなく興奮する。  彼方は前立腺付近を緩やかに突き上げながら、出し終えたばかりの男性器をグチャグチャと素早く扱いた。 「あ、ひ、っ何」 「ん? 潮噴かせようかと思って」 「ああっ、あ、無理無理、っ彼方ァ!」  得体の知れない感覚にもがく千尋は、彼方の手の甲を必死に引っ掻いている。弱々しい指先が作る赤い線にまで興奮する彼方は、跳ね上がって暴れる男の腰を反対の手で押さえつけた。 「ちーひーろ、暴れんな。ほら出せ。ちー、出してみ?」 「やらッああっ、うあ、んぅ……っ」  ビクンビクンとのた打つ身体が、弓なりに反った。瞬間、傍若無人に責め続けられた性器から勢いよく潮が噴き出される。透明な雫は彼方の手だけでなく、呆然とする千尋の頬まで飛んで辺りを濡らした。 「っひ、……ふ、ぁ、ごめ、ごめんん……ッ」 「心配すんな、ただの潮だから」  きっと、彼は自分に何が起きたのかわかっていない。ビショビショに濡れそぼった性器を手で隠し、顔を真っ赤にして泣いている。 「でも、ふ、拭くやつ、彼方ごめ、なさ」 「……くっそ可愛い」 「あ、ああっ、あ……っ!」  可哀想だと思うのに、疲れ切って重たげな身体を労わりたいのに、充血しすぎて性器がはち切れそうだ。彼方は一度自身を抜いたが、千尋を俯せに転がして再び挿入した。それからは、タガが外れたように腰を振りたくる。 「かわい、千尋可愛い……っ」 「彼方あっ、あ、彼方、彼方……っ」  枕に頬を置き、掴まれた腰以外崩れ落ちた千尋の目元は、泣きすぎて腫れぼったい。  彼方は男の背へ覆い被さり、次から次へと落ちる涙を指先で掬う。投げ出されたままの場所でシーツを握りしめる拳へ触れ、持ちうる限りの優しさを込めて包んだ。 「怖え……っ?」  浮き出た肩甲骨に噛みついて、舐めてキスをする。なだらかな筋肉の隆起に沿って唇を首筋へ向かわせると、包んだ男の手が裏返り、忙しなく握り返してきた。  そしてゆるやかに口角を上げ、虚ろな視線で彼方を見上げる。上気した頬へ口づけると、小さな声が彼方の胸を打ち抜いた。 「好、き……ッ」  頭が茹だる。もはや彼方にも、口を動かすだけの余裕は残っていない。「俺も」と返せたかどうかわからないまま、千尋を締め上げるように強く抱きしめて奥深くへ捩じこんだ。 「ちひろっ、イク、出すからな……っ」 「あ、あぁっ、好き……っあ、彼方、好き」  それはまるで、「怖い」「やめろ」という言葉の代わりに聞こえた。前後不覚の状態に陥ってもなお、千尋は彼方を拒まない。彼に受け入れてもらえる心地よさは、さざめく内壁がくれる快楽以上に彼方を興奮させ、溜まりに溜まった精が勢いよく尿道から飛び出した。 「ふ、っく……あー、気持ちいい……」  渦巻く情欲をゴムの中へ注ぎ終えた彼方は、千尋の腹にまわした手で中心を弄る。どうやら彼も吐精していたようで、水っぽい精液が指先を汚した。  これをまた扱きながら奥を突けば、今度はどんな泣き声が聞けるだろう。強く締めつけて出せないようにしてやれば、掠れた喘ぎのトーンはどう変わるだろう。ぐるぐる、ぐるぐると、治まるどころか火の点いた浅ましい劣情が、射精後の余韻で身体をビクつかせる千尋を見下ろし加速していく。 「千尋……」  だが、これ以上はただの暴力だ。硬度の変わらない屹立を抜き、彼方という支えを失ってベッドへ転がる男から視線を剥がす。  今は優しい言葉をかけ、甘いピロートークに持ちこむ余裕もない。一度タガが外れた理性に、根性で口枷をはめられただけで自分を褒めたいほどだ。  彼方は多量の精液が溜まったゴムを取りながら、千尋を見ないよう努めつつ丸まっている布団をかけてやる。しかし煩悩を駆逐しようとする努力は、腿に乗せられた馴染み深いパッケージの感触でかき消えた。 「……何してんだ」 「も、終わり? 大したことない……それとも、男の身体じゃ、面白くない?」  封の開いていないゴムを一瞥する。乗せた犯人はぐったりと転がっている千尋だ。  身体が揺れそうなほどバクつく心臓の音は、まるで警鐘のように鳴り響いている。 「わかってて言ってんなら、手加減しねえぞ」 「何言ってんの」  衣擦れの音がして、千尋が起き上がったのがわかる。すると肩へ手が触れ、しっとりと汗をかいた身体が彼方を抱きしめた。 「俺が満足するまで付き合って」  馬鹿正直で、向こう見ずでいて危機感のない、凶悪な誘惑だ。息を吹きかけただけで飛ばされる脆弱な理性では、太刀打ちできるはずがない。  濡れた瞳と見つめ合い、噛みつくようにキスをする。目を細めた千尋は相当つらいくせに、挑発じみた甘噛みを彼方の唇に仕掛けた。
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