6ペンスの唄と死神の囁き

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「6ペンスの唄を歌おう。ポケットにはライ麦がいっぱい、24羽の黒ツグミ、パイの中で焼き込められた。パイを開けたらその時に歌い始めた小鳥達、なんて見事なこの料理・・・・・・王様いかがなものでしょう?王様お倉で金勘定、女王は広間でパンにはちみつ。メイドは庭で洗濯もの干し、黒ツグミが飛んで来て、メイドの鼻をついばんだ・・・・・・」  女性はユリシーズの耳に顔を寄せ、6ペンスの唄の口ずさんだ。それが何を意味しているのか悟ったユリシーズの背筋が凍る。瞳孔が開いた目、震えが止まらくなり、心は絶望の色に染まっていく。 「しばらく見ない間に大きくなったわね・・・・・・?見違えたわ・・・・・・あんなに小さかったのに、今では子供思いの立派なお父さん・・・・・・」 「あ・・・・・・ああ・・・・・・」 「あなたのせいで、私は何もかも失った・・・・・・大好きだったパイ作りも生き甲斐だった仕事も・・・・・・殴られた頭の傷もまだ痛むわ・・・・・・」  頭が死の確信に埋め尽くされる中、ユリシーズはどこにでもなく叫ぼうとした・・・・・・けれど、"助けて"という簡単な一言すら出せなかった。逃げる術さえ思いつけないまま、喉に肉切り包丁の刃が触れる。 「あの時、言ったはずよ?喉をゆっくり掻き切ってあげるって・・・・・・!」  フローレンスは語尾の台詞に憎悪を込め、肉切り包丁を食い込ませた。薄い皮膚が裂け、刃に深みを抉られ、黒い血が一気に溢れ出る。そして言葉通り、ゆっくりと硬い肉筋を強引に切断していく。 「ごぇ・・・・・・げっ・・・・・・がああああ・・・・・・」  声帯をも千切られ、ユリシーズは枯れた唸り声を上げた。目線をぐるりと上にやり、舌が垂れた口から大量の吐血をきたす。抗おうとしていた力も次第に弱くなり、やがて左手は真下にぶら下がった。 「ふ、ふふ・・・・・・あはははっ・・・・・・!」  血に塗れたフローレンスは報復を果たした事に歓喜し、狂気に満ちた笑みを浮かべた。光のない細目を開き、動かなくなったユリシーズを押し倒す。死体は横たわり、首から流れ出た血が床に真っ赤に染めて広がる。 「もう子供との約束は果たせないわね・・・・・・さようなら、可哀想なユリシーズ・・・・・・」  フローレンスはクスクスと永遠の別れを言い残し、店から立ち去って行った。 「ねえ、パパァ!まだ~?」  待ちくたびれたジェームズが再び売り場へとやって来た。退屈そうに呼びかけるも返事はない。彼の視界に映ったのは店の隅で倒れている父親の姿。 「パパ・・・・・・?」  ジェームズは画用紙を落とし、ゆっくりとユリシーズに近づく。ぴちゃん!と水が跳ねる音に気づき、足元を見下ろすと血の池を踏んでいた。そして、初めて父の身に起きた悲劇を知り 「・・・・・・ママァ!!ママァ!!パパがっ・・・・・・!パパがぁっ・・・・・・!!」  悲鳴のように叫んで泣きじゃくった。ただ事ではない我が子の声に母親が血相を変え、駆けつける。"どうしたの!?"と声をかけようとした矢先、子供の傍で横たわる夫を目の当たりにしてとっさに口を手で覆った。 「え・・・・・・う、嘘よね?ああ、そんな・・・・・・どうして!?あ、あなた、あなたぁぁっ!!」  母親も泣き崩れ、夫の死体に覆い被さる。まだ体温が残った生温い体を何度も何度も揺すった。大切な人はもう、起き上がらない事も返事を返さない事も分かっていた・・・・・・しかし、死を受け入れられない感情が無意味な行為をやめさせてはくれなかった。 「起きてっ!起きてよぉ!!お願いだからぁ・・・・・・!!」 「パパァァァ!!うわあああん!!」  哀しみに誘われるように空に立ち込めた暗雲・・・・・・淡々と降り注ぐ水は、幸せを失った母と子の絶望の叫びさえも掻き消した・・・・・・ユリシーズの抜け殻は血を吐いて倒れているだけ・・・・・・愛しい家族に囲まれても二度と笑顔を繕う事はなかった・・・・・・
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