6ペンスの唄と死神の囁き

3/21
前へ
/21ページ
次へ
 商店街の外れにフローレンスの店は存在した。外見は大して派手なデザインでもなく、至って普通で2階建ての構造だ。下階はベーカリーとなっており、窓を覗けば種類豊富のパイの列が商品として並ぶ。扉の上に『Sing A Song Of Sixpence(6ペンスの唄)』と書かれた看板が大きく飾られ、煙突からは少し鼻を刺激する香ばしい香りが漂う。 「ここがフローレンスさんのお店。2階は住宅で、そこで食事をしたり寝泊まりしてるんだ。フローレンスさんはとても優しくて、僕に1つの個室を丸ごと貸してくれたんだ」  ユリシーズは看板を指差し、少々自慢気な言い方で店を紹介する。 「いい匂い!ここにいるだけでお腹が空いてきちゃいそう!」  エミリーも楽しそうに素直で可愛い感想を口にする。少年も笑みを返し、表情を合わせた。 「ねえ、入っていい!?」 「勿論。だって、そのために連れて来たんだから」  そう言って扉を開け手招きし、親切にもエミリーを先に店内に立ち入らせる。ユリシーズも後に続き、外の路地を交互に見渡すと、何かの確認を済ませて扉を閉ざした。 「うわぁ・・・・・・!何だかお菓子の世界にやって来たみたい!」  エミリーはすっかりとパイの世界に魅了されていた。持っていたクマのぬいぐるみをユリシーズに預け、興味深々にガラスの展示ケースを覗いたり、窓際に売られた商品に鼻を寄せ香りを味わう。そして、"これは何?これは何?"と店内を行き来し、質問の雨を浴びせる。 「これ皆、フローレンスさんが1人で作ってるの!?」 「まあね、僕もたまに手伝っているけどフローレンスさんほど、上手くは作れないな・・・・・・焼き加減が分からなくて・・・・・・」 「こんなにもたくさんのパイが、どうやって作られるのか知りたい!どこで作られてるの!?」 「え?」  頭を掻き、恥ずかしい顔をしていたユリシーズの手が止まった。無邪気な面持ちをやめ、急に嫌気がさしたような眼差しを俯かせる。 「どうしたの?」  彼の暗い反応にエミリーが首を傾げ、おもむろに聞いた。 「あ、ううん・・・・・・何でもない。パイが作られるところを見学したいんだよね?こっちだよ・・・・・・」  2人はレジの後ろにあった入口を通り、厨房へと足を踏み入れた。部屋には調理用の台がいくつも点在しており、中心は生地をこね、象られた作りかけのパイがずらりと並ぶ。その隣にはチョコのクリームが詰まったボウル、様々な果物の盛り合わせが。重なったアルミトレーに乗せられ、焼かれたパイと焼く前のパイが綺麗に分けられていたのだ。多くの数を作るだけあって、オーブンも何台も必要としていた。 「ここが厨房、店で売られてる商品は全部ここで作られてるんだ・・・・・・」  ユリシーズがやる気を感じさせない、疲れ切った声で言った。 「これ全部1人で・・・・・・嘘みたい・・・・・・!」  ここでもエミリーは驚愕の反応を示し思った通りの感想を述べる。しかし、彼女は何かの違和感に気がついた。一回り厨房を見渡し、ユリシーズの方を振り返ると 「ねえ、ユリシーズ?この厨房、誰もいないよ?フローレンスさん・・・・・・は・・・・・・っ!?」
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加