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商店街の外れにフローレンスの店は存在した。外見は大して派手なデザインでもなく、至って普通で2階建ての構造だ。下階はベーカリーとなっており、窓を覗けば種類豊富のパイの列が商品として並ぶ。扉の上に『Sing A Song Of Sixpence(6ペンスの唄)』と書かれた看板が大きく飾られ、煙突からは少し鼻を刺激する香ばしい香りが漂う。
「ここがフローレンスさんのお店。2階は住宅で、そこで食事をしたり寝泊まりしてるんだ。フローレンスさんはとても優しくて、僕に1つの個室を丸ごと貸してくれたんだ」
ユリシーズは看板を指差し、少々自慢気な言い方で店を紹介する。
「いい匂い!ここにいるだけでお腹が空いてきちゃいそう!」
エミリーも楽しそうに素直で可愛い感想を口にする。少年も笑みを返し、表情を合わせた。
「ねえ、入っていい!?」
「勿論。だって、そのために連れて来たんだから」
そう言って扉を開け手招きし、親切にもエミリーを先に店内に立ち入らせる。ユリシーズも後に続き、外の路地を交互に見渡すと、何かの確認を済ませて扉を閉ざした。
「うわぁ・・・・・・!何だかお菓子の世界にやって来たみたい!」
エミリーはすっかりとパイの世界に魅了されていた。持っていたクマのぬいぐるみをユリシーズに預け、興味深々にガラスの展示ケースを覗いたり、窓際に売られた商品に鼻を寄せ香りを味わう。そして、"これは何?これは何?"と店内を行き来し、質問の雨を浴びせる。
「これ皆、フローレンスさんが1人で作ってるの!?」
「まあね、僕もたまに手伝っているけどフローレンスさんほど、上手くは作れないな・・・・・・焼き加減が分からなくて・・・・・・」
「こんなにもたくさんのパイが、どうやって作られるのか知りたい!どこで作られてるの!?」
「え?」
頭を掻き、恥ずかしい顔をしていたユリシーズの手が止まった。無邪気な面持ちをやめ、急に嫌気がさしたような眼差しを俯かせる。
「どうしたの?」
彼の暗い反応にエミリーが首を傾げ、おもむろに聞いた。
「あ、ううん・・・・・・何でもない。パイが作られるところを見学したいんだよね?こっちだよ・・・・・・」
2人はレジの後ろにあった入口を通り、厨房へと足を踏み入れた。部屋には調理用の台がいくつも点在しており、中心は生地をこね、象られた作りかけのパイがずらりと並ぶ。その隣にはチョコのクリームが詰まったボウル、様々な果物の盛り合わせが。重なったアルミトレーに乗せられ、焼かれたパイと焼く前のパイが綺麗に分けられていたのだ。多くの数を作るだけあって、オーブンも何台も必要としていた。
「ここが厨房、店で売られてる商品は全部ここで作られてるんだ・・・・・・」
ユリシーズがやる気を感じさせない、疲れ切った声で言った。
「これ全部1人で・・・・・・嘘みたい・・・・・・!」
ここでもエミリーは驚愕の反応を示し思った通りの感想を述べる。しかし、彼女は何かの違和感に気がついた。一回り厨房を見渡し、ユリシーズの方を振り返ると
「ねえ、ユリシーズ?この厨房、誰もいないよ?フローレンスさん・・・・・・は・・・・・・っ!?」
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