6ペンスの唄と死神の囁き

4/21
前へ
/21ページ
次へ
 彼を視界に捉えた途端、エミリーの瞳がピクリと一瞬、大きく開く。どうしてか、ユリシーズは泣いていたのだ。涙で顔をぐしょぐしょに濡らし、彼女をここに連れて来た事に激しい後悔を抱いているように。 「ぐすっ・・・・・・フローレンスさんならいるよ・・・・・・"君の後ろに"・・・・・・」  その一言にエミリーの背筋に鋭い寒気が走る。嫌な予感を募らせ、おそるおそる頭を横に捻ると彼女は絶句した。背後には背が高くサイドテールに髪を結った若い女性が。光のない目、獲物を狩ろうとする殺意の形相で小さな少女を見下ろしていた。かざした右手には肉切り包丁の太い刀身が光を反射する。 「・・・・・・あ」  それがエミリーの最後の言葉となった。ただ、呆然と見上げていた少女の頭部に刀身が落ちる。包丁の形をした斧は頭蓋骨を割り、脳をぐちゃぐちゃに粉砕した。吹き出した血しぶきが返り血としてコックコートを汚し、床を赤く染める。  ドサッと死体が倒れる音。逃げるという単純で簡単な術すらも浮かばず、1人の少女は死んだ。命尽きる寸前に作った顔が地面に横たわり、その目からはようやく涙が零れた。 「ぐすっ・・・・・・ごめん・・・・・・エミリー・・・・・・えぐっ・・・・・・こうするしかなかったんだ・・・・・・許して・・・・・・」  ユリシーズは悔やんでも悔み切れず、言い訳がましい謝罪を述べて両膝を跪かせる。良心の呵責に苦しみながら、クマのぬいぐるみを胸に抱きしめた。 「・・・・・・」  フローレンスは頭に刺さった肉切り包丁を力任せに抜き取る。傍で泣いている少年に同情する兆しすらもなく 「お菓子、今日はどれくらい売れたかしら?」  と冷静で少し鋭い声で聞いた。 「えぐっ・・・・・・ぐすっ・・・・・・!」 「もう一度聞くわ。どれくらい売れたの?」  ユリシーズは鼻を啜り、ぬいぐるみを落とすと鞄を漁った。僅かなペンス硬貨を乗せた手の平を、彼女に差し出す。 「あら、今日はいつもより売れなかったのね。子供に物売りを任せた私が愚かだったわ」  フローレンスは非情にも皮肉を漏らし、お菓子の売り上げを回収する。それをポケットにしまい、今度はその手をユリシーズの頭に手を乗せた。肌の感触は冷たく、顔は笑っていない。 「でも、よく小さな女の子を連れて来たわね。子供の肉は柔らかくて、私の"特性パイ"には重要な素材になる。よくやったわ」 「ごめんなさい・・・・・・ごめん・・・・・・なさい・・・・・・」 「その"肉の塊"を解体するから、裸にして台の上に置いてちょうだい。床の血は残らず拭き取って、服は焼却炉に捨てて。いいわね?」  フローレンスはそれだけ頼みを告げると、エプロンを外して厨房から去って行く。1人残されたユリシーズは涙を拭い、その場を立つ。そして、エミリーの死体を引きずり台まで運ぶと、上着と下着を取り除いた。
/21ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加