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その日の夜、ユリシーズとフローレンスは2階の住宅で夕食を囲んだ。丸いテーブルには、きのこのスープにチーズ入りのサラダ、炒められた羊のロース肉が並ぶ。そして、殺したエミリーの一部を材料に作られたパイも・・・・・・
ユリシーズは既に泣き止んでいたが、犯した罪に落ち込んだ顔を俯かせる。例え、空腹を感じても食欲なんて出るはずもないだろう。人間の肉を喰らう晩餐も、殺した者に対しての祈りも、目の前にいる女も・・・・・・全てが地獄に思えた。
「6ペンスの唄を歌おう。ポケットにはライ麦がいっぱい、24羽の黒ツグミ、パイの中で焼き込められた。パイを開けたらその時に歌い始めた小鳥達、なんて見事なこの料理・・・・・・」
フローレンスはマザーグースの詩を口ずさんで、スープをかき混ぜる。鳥のさえずりのような美しい声だが、表情は曇り、楽しそうな様子はない。
「王様いかがなものでしょう?王様お倉で金勘定、女王は広間でパンにはちみつ。メイドは庭で洗濯もの干し、黒ツグミが飛んで来て、メイドの鼻をついばんだ・・・・・・どうしたの?食べないのかしら?」
詩を一通り終えたフローレンスが声の形を変え、ユリシーズに問いかける。
「・・・・・・」
ユリシーズは答えない。
「冷めてしまうわよ。早く食べなさい」
「・・・・・・だ・・・・・・」
その時、ユリシーズは何かを短く呟く。首を傾げる相手に、今度ははっきりと
「もう、嫌だ・・・・・・人殺しの道具されて・・・・・・食べたくもない人間の肉を食べさせられて・・・・・・こんな生活、耐えられない・・・・・・」
彼の本心を耳にした途端、フローレンスの陰気な表情は更に曇り、ユリシーズを睨んだ。その優しさの欠片もない形相は殺意意外の何ものでもない。彼女は手に取ったナイフの切っ先を、テーブルにトントンと叩きつけながら
「・・・・・・忘れた訳じゃないわよね?私の店に盗みに入って、殺されるはずだったあなたの命を救った恩を。その時からあなたは一生、私だけの物。これからも働いてもらうわよ。愚かな奴隷さん」
「お願い・・・・・・許して・・・・・・もう誰も殺したくない・・・・・・」
フローレンスはいきなり、鋭い銀食器をテーブルに叩きつけ、勢いよく席を立つ。ユリシーズは思わずビクッと体を痙攣させた。恐怖と背筋の寒気に震えが止まらず、無意識にその身を縮こませる。
「そう・・・・・・なら、あなたはもう必要ないわ。特性パイの材料にしてあげる。奴隷がいなくても人間の調達くらい、私1人でも事足りるから」
ユリシーズは椅子から倒れ落ち、逃げようと地面を這いつくばった。だが、すぐに首の襟を掴まれ、強引に引きずられる。
「いや・・・・・・嫌だ嫌だ!!お願いだからやめて!!殺さないでっ!!」
少年は泣き叫んで抗うが、女はその命乞いを無視する。しかし、死にたくない思いは強く、その腕の皮膚に爪を立て拘束を振り払った。
「・・・・・・っ!このガキ!」
フローレンスは痛みに歯を噛みしめると、怒りに任せてユリシーズを突き飛ばした。少年の背中がテーブルにぶち当たり、上に乗っていた夕食や食器が降りかかる。頭にスープが零れ、白いシャツに汚れが色づく。そして、フローレンスは再びユリシーズに掴み掛ろうとした。
その時、手元に偶然、硬く冷たい感触が伝わった。ユリシーズはとっさにそれを掴み、自分を殺そうとしている狂人の頭に振り下ろす。
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