6ペンスの唄と死神の囁き

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 家々の明かりが消え、暗闇に静まり返ったロンドン。人ごみで溢れていた商店街も今は寂しく、夜の通りに人の姿はない。ぽつ・・・・・・ぽつ・・・・・・と暗雲から水滴が滴り、それは瞬く間に土砂降りへと変わった。暗雲が光るにつれ、雷鳴が響き渡り、黒い街並みを濡らす。 「ふぅー・・・・・・!ふぅー・・・・・・!」  耳障りな雨音に紛れ、荒い呼吸の音が繰り返し聞こえていた。暗く狭い部屋の中にユリシーズが横たわる。彼は右手にナイフを握っていていて、腹部に括り付けられた縄を切ろうとしている。  しかし、縄は太く頑丈で、なかなか切れない。自由に身動きができないこの状態では、力も思うように入らないのだ。黒ずんでいく視界、それは日の光がない夜のせいではなかった。  ナイフの刀身を擦り続けてしばらくした頃、縄の切れ目が裂け、ようやく右手が自由になった。手首を絞めていたきつい感触が消え、解放感を味わう。ユリシーズは仰向けに姿勢を転がし、両足の縄を解く。口を塞いだ布をずらし、まともな呼吸をするユリシーズ。彼はふらふらと立ち上がるが、直後に立ち眩みと共に意識が一瞬途切れ、体のバランスを崩す。 「はあ・・・・・・はあ・・・・・・ここから逃げなきゃ・・・・・・明日になったら殺される・・・・・・」  ユリシーズは念のため施錠されて開かない扉を確認した。何をしているのか知らないが、あの女が様子を覗きに来る気配はない。安堵の息を漏らして、すぐに向き直ると部屋の隅へ行き、窓を開けた。外は激しい雨が降っている。止む気配のない夜の土砂降りの音。冷たい水しぶきが上半身に降りかかる。  ユリシーズは手すりに手を乗せ、1階の地面を見下ろした。すると、上階との間にカバーが広げられている。一旦、あそこに乗って着地すれば・・・・・・地面に降りても怪我をしなくて済むかも知れない。早速、手すりに足をかけ、慎重に身を乗り出す。しかし・・・・・・ 「・・・・・・うわっ!」  片腕のない体はあまりにも不慣れなもの・・・・・・足を滑らせたユリシーズはバランスを崩し、2階から派手に落下した。手すりに手を伸ばしたが間に合わず、下階に脚を強打してしまう。骨が折れる音、下半身に衝撃が伝わる。  張り上げた悲鳴さえも雨音に溶け、かき消される。雨は容赦なく降り注ぎ、哀れな少年に無数の水滴を叩きつけた。 「・・・・・・ああ・・・・・・あ・・・・・・し、死にたくない・・・・・・こんな所で・・・・・・!」  ユリシーズは生き延びたい思いで歯を食いしばって立ち上がった。折れた脚を引きずり、人肉のパイを作る店から逃げ出した。後ろから肩を掴まれそうないるはずのない気配。振り返ったらあの女がいる。そう想像しただけで心臓が裂けそうなほどに痛む。  雨に濡れながら、助け求められる場所を必死になって探した。すると、遠くの位置に微かに灯った灯かりが視界に映る。それは丘の上に建つ一軒の教会。絶望に溺れた気持ちが和らぎ、宿った希望に救われた気がした。
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