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ユリシーズが見た教会の明かりは幻覚ではなかった。彼は門をがさつに開き、丘の坂道を駆け上っていく。濡れた地面に足を滑らせ、派手に転んでもすぐに起き上がり、走る事をやめなかった。
「はぁ!・・・・・・はあ!誰かっ・・・・・・!誰かいませんかっ!?・・・・・・お願い、助けて下さいっ・・・・・・!」
ユリシーズは教会の玄関に辿り着き、扉にぶち当たった。倒れても扉に寄り添い、必死に助けを求める。ドンドンと硬い音を響かせる力強い片手だけの拳。皮膚や骨を打ち付けるその痛みさえも次第に薄れていく。
「・・・・・・お願い・・・・・・誰か・・・・・・」
遠のく意識に限界を感じた時、扉が開く。中から現れたのは顔がしわだらけの老婆。彼女は扉の隙間から顔だけを覗かせ、外を誰もいない事に不可解さを感じたが、足元を見下ろすとユリシーズの存在に気づく。
「どうして、こんな夜遅くに子供が・・・・・・っ!!まあ酷い!何があったのっ!?」
老婆は腕のない少年を見て唖然とした。無意識に驚いた口を覆い、哀れとしか言いようがない姿に涙が滲む。彼女はとっさに弱り切ったユリシーズを抱き上げ、教会の中へと連れ込んだ。
「ああ、神よ!ロザンナッ!すぐに医療品を持って来なさい!急いでっ!!」
奥の祭壇から様子を窺っていた若い修道女が、突然の勢いに言葉を詰まらせる。簡単な返事も返せぬまま、頼まれた物を取りに別の部屋へと走った。
「神よ・・・・・・どうか、この子に救いの手を差し伸べて下さい・・・・・・!」
老婆はユリシーズを椅子に寝かせると、自身のローブを引き千切り、黒い布切れで関節から先がない腕の傷を塞いだ。少年は沈黙し、細い目蓋の間から光の消えた目で彼女を見つめる。霞んだ視界が黒く色づき始め、自分を救おうとする声も、まるで向こう岸にいるように遠く・・・・・・
「死んじゃ・・・・・・め・・・・・・まだ、神・・・・・・せ、か・・・・・・い・・・・・・べ・・・・・・いわ・・・・・・!」
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