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6ペンスの唄と死神の囁き
1903年 6月12日 午後5時13分 ロンドン商店街 オックスフォード・ストリート
「お菓子はいりませんか!?フランスで作られた高級品ですよ!」
人々が行き交うロンドンの商店街、いくつもの並ぶガス灯の1つの下で1人の少年がお菓子を売る。少年は幼い子供で背が低く、短いボサボサの髪を生やし、大きな目と精悍な顔を持つ。白いシャツの上に茶色のコートを羽織っており、肩にショルダーテープをかけ、腰に鞄をぶら下げていた。腕に抱えた籠には商品らしいチョコレートやラスクをいっぱいに積んでいる。
しかし、彼の小さな商売に関心を持つ者は現れない。まるで存在すら気づかないように街の大人達は通り過ぎていく。品のいい大人を呼び止めようとお世辞を言っても結果は同じだった。
少年は実に残念なため息をつくと、お菓子箱を一旦地面に置き、鞄の中を覗く。入っているは、おまけの商品と10枚にも満たない1ペンス硬貨、それが売り上げの悪さを物語っていた。長時間働いてもろくに稼げなかった現実が無気力な感覚を作り出す。
「毎日、粘ってもこれだけか・・・・・・場所を変えても、同じだろうなぁ・・・・・・怒られるのは嫌だけど、売れないんじゃ仕方ないよね・・・・・・」
少年はやる気のない愚痴を零し、今日は諦めようとその場を後にしようとした時
「あの・・・・・・!」
少年に対して、横から誰かが話し掛ける。微妙に緊張した透き通った優しい声。落ち込んだ表情を変え、振り向くと自分よりも背の低い少女がモジモジしながら立っていた。
「え?何?」
少年はおもむろに問いかける。
「あ、あの・・・・・・その・・・・・・お菓子売ってるんですよね?チョコレートとラスク、1個ずつ頂けないでしょうか?」
久々の客に少年の失望は溶けて消え、歓喜に胸を躍らせた。しかし、ここは大人らしく平常な態度で振る舞う。
「お買い上げありがとう。チョコとラスクが1個ずつだね?2つで12ペンスだけど、今日は気分がいいから特別にサービスしてあげる。6ペンスでいいよ」
少年は注文されたお菓子を手渡し、口にした通りの代金を受け取った。半額で欲しい物を買えた少女は実に嬉しそうに上機嫌な面持ちを浮かべる。
「こんなにも美味しそうなお菓子を買えて嬉しいな。どうしても、病気のお母さんに食べさせてあげたかったの」
「そんなんだ。きっと、喜ぶよ」
少女は実に喜ばしい表情で口角を上げ
「うん!また、買いに来るからね。それじゃバイバイ、お菓子売りのお兄ちゃん!」
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