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2.現れたのは
「あはは、健二何そのかっこ!」
扉が開いて、初めての言葉に俺は状況も忘れてぽかんとしてしまった。というかこの声は
「何やってんだ美香!」
「びっくりした?」
姿は見えなかったが、この声には聴き覚えがありすぎるくらいにあった。未だに俺、菊地健二を見て爆笑しているのは立花美香。記憶が正しければ恋人だったはずだ。綺麗な長い黒髪に色白の美人で紹介した友人達には、俺にはもったいないとよく言われていた。イタズラ好きだったが、こんなふざけたことをするなんて。
先程までの恐怖分怒りが沸いてきた。
「ふざけてないで、この紐を解け!」
「ふざけてるのは、どっち?」
「何がだ」
俺は声の方に顔を向け、怒鳴るようにいった。美香は笑いをピタリと止めて、急に静かに問いかけてきた。
「先月の土曜日の飲み会。楽しかった?」
優しい声音で言われる、その問いにドキッとした。
「島田さんだっけ。かわいい子だね」
「な、なんの事だ」
「ふ〜ん。とぼけるんだ」
美香は全て知ってるんだよという雰囲気で、ゆっくり近づいてきた。
先月の土曜日は仕事の打ち上げで飲み会があった。いつもは羽目を外して飲むことなんてしないが、その時は初めて任されたプロジェクトが無事終わったことで気が緩んでいた。普段なら、止めている量を超えて飲みその結果泥酔してしまった。気が付いたら後輩の島田桜子とホテルにいた。島田も恋人がいるらしくお互いこの日のことは秘密でと言っていたのにどこからバレたんだ。
「健二は浮気なんてしない、誠実な人だと思っていたのにショックだな~」
俺の真横にしゃがみ込み髪を優しくなでられる。怒り狂って怒鳴られた方がましだ。そうしてくれたら、こちらも怒鳴って誤魔化せるのに。
「島田はただの後輩だ。どっからそんなホラ話がでてきたんだ」
「健二はどじっ子だね。あの日のシャツには香水の匂いがプンプンしてたし、上着に相手の子のイヤリングも入ってたよ」
「そんなの、飲み会の時にぶつかってたまたま入っただけだ」
「それだけじゃないよ!」
ひと際大きく楽しそうに言った後、耳元で囁くように
「……健二のスマホに入れてたGPSであの日ホテルにいってたこと分かってるんだよ」
「なっ、お前勝手に…!」
知らない内に入れられていたことに、思わずかっとなるも
「罰として、このまま私に付き合ってね」
静かな怒りを込めて言われたその言葉に青ざめた。
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